小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

夢の運び人 15

INDEX|1ページ/3ページ|

次のページ
 
夢の運び人は今日も夢を運んでいる。大きな白い袋を宙に浮かせ、月で薄く照らされた街の上空を飛ぶ。
 やがて住宅街へ入っていく。ほとんどの家は明かりを消して静まり返っていおり、夢の運び人が見るいつもの光景だった。
 さて、今日はどの家に、どんな人間に夢を運ぼうか。
 運び人がじっくり考えていると、暗い住宅街の中に一軒、一部屋だけ明かりの点いた家を見つけた。
 運び人はその家が何となく気になった。こんなに夜遅くまで起きている家は珍しい。
 おそらく家の人間はまだ寝てはいないだろうが、好奇心に身を任せて覗きに行く。その家は周りと何ら変わらない一般的な二階建ての家で、明かりが点いていたのは二階の一部屋だけだった。
 運び人はその部屋の窓からそっと中を覗く。八畳ほどの部屋で、机とベッド以外は何もない。運び人が今まで見てきたどんな部屋よりも質素で、冷たい雰囲気がそこにはあった。
 その部屋の中で女の子が一人、車椅子に座って机に向かっているのを運び人は見た。正面からは見えないが、何かを書いているような様子がうかがえる。その小さい後ろ姿から、自分と同じくらいの歳であると運び人は想像した。
 こんなに夜遅くまで何を書いているのだろう。
 夢の運び人はそう思い、閉じた窓から顔だけ部屋の中に入り覗こうとする。
「だれ?」
 少しの間を置いて、女の子の手が止まった。消え入りそうな小さ声が部屋に静かに響く。
 運び人はその時、一瞬目を見開いたものの意外と冷静だった。その部屋のドアを確認するが、人が入ってきたわけではない。自らの手や腕を見てみてみるも、いつものように人間からは見えないようになっている。
「そこにいるのは、だれ?」
 女の子は車椅子を反転させて、今度は運び人のいる窓を見ながら言った。短髪の目の大きい女の子だ。
 運び人はその一見普通の女の子に初めて恐怖を覚える。これまでの人間とは見た目こそ同じだが、この女の子は明らかに何かが違っていた。
 二人の間に重たい沈黙が流れる。女の子はしかめた顔で窓を見つめていた。その中で、運び人は窓から顔を引いて後ずさりするように消えていく。
 車椅子の女の子は運び人がいなくなると首を傾げ、また机に向き直った。




 翌日、運び人は昨晩の報告をするべく、神様の元へと来ていた。
 神様はいつのように人間の世界を見下ろしている。時折、手に持った背丈ほどの杖を振っていた。何をしているのか運び人にはさっぱり分からないが、きっと重要な事なのだろう、と思う。
 運び人は神様の近くへ。神様は運び人に気がついて目を向けた。白く長い顎鬚の先が少し揺れる。
「おお、夢の運び人よ。昨晩はどうだったのかな?」
 いつもの優しい笑顔で神様は言う。
 一方の運び人は、もじもじした様子で俯いて上目使いで神様を見る。
「む、何かあったのじゃな」
 運び人はこくりと頷く。
「話してみなさい」
 神様は運び人の顔をうかがうように言った。
 夢の運び人は身振り手振りで昨夜の事を説明した。ある家に入り車椅子の女の子と目が合った事、そして言葉では説明できない何かが違っていたこと。
「ふむ。つまり昨夜は夢を運ばなかった、という事か」
 ズバリと神様に言われて、運び人は口を半分開けてはっとした顔をした。忘れていたのだ。
 神様は一つ息を吐いて続ける。
「まあよい。で、夢の運び人よ、お主はどうしたいのだ」
 運び人は夢を運ばなかった事を咎められず、とりあえず胸を撫で下ろす。が、どうしたいのだ、と言われても何も思い浮かばなかった。
 神様は何も言わず、考え込むただの幼い男の子を静観していた。
 夢の運び人の歳は人間にして五歳であるが、精神的年齢はやや上だ。年頃と言ってもおかしくはない。そんな事を考えて、神様は顎の長い白髭を擦った。
 しばらくの沈黙があって、運び人はゆっくりと自らの口を指差した。そして、何かを訴えかけるようにパクパクと動かす。
 その様子を見た神様は、運び人が何を訴えているのかがすぐに分かった。しかし、それを言葉で確認する前に一瞬考える。どことなく悪い結果になるのではないか、そう思ったからだ。
「話したいのか? 運び人よ」
 神様が言うと、運び人は二、三回大きく頷く。
 神様は顔にこそ出さないものの、内心驚いて、そしてまた、感心していた。今まであまり人間に興味を示す事がなかった運び人が、一人の女の子に興味を持ち、自ら話したいとと言い出したからだ。喜びと不安が混ざった感情を神様は感じ、そんな珍しい感情に優しい笑顔が溢れた。
「そうか……うむ。話すのは構わん。ただし、話しすぎるのは禁物であるぞ。用が済んだら、すぐにその場を立ち去りなさい」
 運び人は屈託のない笑顔で大きく頷いた。


 夜――
 空には雲がちらほらと見え、三日月が見え隠れしている。
 時折見える月を仰ぎながら、夢の運び人は水流に葉が流されるように、薄暗い空を移動していた。いつも持っている、夢の詰まった大きな袋は今日はない。
 住宅街には、街灯だけが細い路地を照らしている。その他は真っ暗だ。
 しかし、一件の家の一部屋だけは明かりを灯していた。
 それを見つけ、吸い寄せられるように夢の運び人は向かう。昨晩と同じようにして明かりの灯った部屋の窓から中を覗きこんだ。
 そこには、昨晩と同じ殺風景な八畳ほどの部屋で、一人机に向かう車椅子の女の子が期待通りそこにいた。
 夢の運び人は窓から顔だけ部屋の中に入る。
「だれ?」
 やはり昨晩と同じように車椅子の女の子は消え入りそうなか細い声で言う。
 運び人は女の子の機敏な反応に少し驚いた。昨晩のように、自分の手を見て人間には見えない事を確認する。
 意を決して窓を乗り越え、部屋の中へと入った。冷たい床に下り立ち、殺風景な部屋をくるりと見渡してみる。そして車椅子の女の子の小さい背中を見つめた。
 女の子は最初に部屋のドアへ顔を向けた。その後、運び人が立っている方に車椅子ごと向ける。
 二人はお互いに向かい合い、運び人は女の子の大きな目を見つめるが、女の子の瞳は焦点が合っていない。
「そこにいるのは……だれ?」
 短い沈黙を破り、女の子は言う。
 運び人はその言葉に違和感を感じた。車椅子の女の子からして見れば、人間には見えない何者かが、部屋にいることを感じているはずなのに、恐怖の感情を声に感じなかったからだ。
 この女の子は他の人間とは何かが違う。運び人は改めてそう思った。
「何も、言わないの?」
 女の子は言う。
 運び人は緊張で黙った。何か言葉を発して、自分の存在を女の子に示さなければないらい。
 しかし、そんな当たり前とも言える行為が、夢の運び人には容易ではなかった。
 あの日以来――人と話せないようになって何年が過ぎただろう。いや、運び人は話せなかったのではない。話さなかったのだ。
 そして今、運び人は話す努力をしている。息を吸い、口を開け、自分の声を出そうと努める。しかし、言葉はなかなかでない。
「頑張って」
 女の子は見えていない運び人の様子を察したようで、しかめた顔は消えていた。
 その短い言葉に、夢の運び人は救われる。ゆっくりと口を開き、落ち着いて声を発する。
「あ……あり」
作品名:夢の運び人 15 作家名:うみしお