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第一章 三匹の捨て犬

昨年の七月初旬。僕は仕事帰りに温泉に立ち寄った。
温泉と言ってもスーパー銭湯のようなものだが、そこは遥か郊外という事もあり、平日は利用客も少なく、広々とした風呂を独占できるのが気に入っていた。

初夏の空は雲ひとつ無く、半月だったか三日月だったかは覚えていないが、仰ぎ見た視線の先には夏の月が昇っていた。

露天には一際、浅くなったところがあり、石で出来た枕が二つ並んでいる。
寝湯というのだろうか、湯の中で大の字になり、満天の星空を仰ぎ見ながら、その日の疲れを湯の中に流し込む。
家へ帰れば五匹の愛犬（ビーグル）の歓迎の儀式が待っている。
儀式を終えると、トイレの後始末から始まり、ご飯を与え、散歩に出る。休まる間もない。僕にとっては、この温泉での一時間が自分を取り返す至福の時間でもあった。

温泉から自宅まではおよそ十五分の道のりだ。
家は玄海国定公園内にある。公園法で敷地の２０％しか建蔽率がないから小さな家だ。家の正面は苺畑で、春先には甘い香りが一面を包み込む。
裏手は有に万坪を超える国有林で、鬱蒼とした森が広がり、その森を突き抜ければ海岸線に出る。
もう少しすれば海水浴を楽しむ人々で、昼夜無く賑わう所だ。

僕は、僅かな自分だけの時間を消費すると帰路に着いた。
途中は田んぼと林。外灯すら疎らになっていく。最後のカーブを曲がりきると、そこからは砂利道が続く。人の気配は此処で途切れる。