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アグネシア戦記【一巻-三章】

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そして夜があける―

「ん―ふうっ―」

朝、フリルが息苦しさで目を覚ますとフレグニールに覆いかぶさられ、豊かな胸に顔を潰されていた。

「むぐぐっ!!…ぐ!」

フリルは息が出来ずにもがき、息絶える寸前でなんとかフレグニールの体を退かす事に成功する。

「ぶはっ!!…は〜…は〜」

慌てて体を起こし、肩を大きく上げ下げして胸を押さえて呼吸しながら目に溜まった涙を拭いさり、立ち上がりお腹を擦る。

『まずったわ…お腹の減り具合から考えて、いまは朝食を少し過ぎた時刻ね』

フリルはそう頭の中で呟きながら、すぐ横で幸せそうに眠るグリフォードの頭を軽く蹴りつける。

「!!?」

グリフォードは即座に飛び跳ねるように起き上がりフリルを見る。

「起床よ!、ラルフを起こしなさい。出発するわ」


フリルはそう言って自分の背納から皮の袋を取出して、赤くて硬そうな板を取出して二つをグリフォードに押し付けた。それは塩漬けにされた肉を干して乾燥させた携帯食料だった。グリフォードは寝起きにもかかわらず状況を即座に判断して立ち上がりそれを受け取ると、一つ口に加えてから横に眠るラルフの頭を叩いた。

「痛っ!!なにしやがっ」

起きたラルフの口に干し肉を突っ込み。突っ込まれたラルフは目をパチパチしてまわりを見回せば状況を理解して干し肉を飲み込んで立ち上がり、自分の背納を背負う。彼らはフリルの起床から約20秒という早さで出発の準備を整えた。

「さて、じゃ〜いこ〜」

久々の熟睡で気分がいいフリルは拳を振り上げて喪と来た道を帰ってこうとした。

『まあまあ、待たれよ』

横になっていたフレグニールがそんな三人を呼び止め。
「はい?」

フリルが、そう振り向くと、フレグニールはゆったりと身体を起こして胡坐をかいて大あくびすると、寝癖だらけのままニンマリ笑う。

『ウィプルに行くのじゃろ?ちと頼みたいことがあるのじゃよ』

そう言われてフリルは一瞬嫌そうな顔をして腕を組む。

『それをやるならウィプルへの近道を教えてしんぜよう…先払いで褒美もやる。どうじゃ?悪くはなかろ?』

それをみたフレグニールはそう付け足せば、フリルは大きく頷いた。

「やりましょう、何をすれば宜しいのですか?」

フリルの返答にフレグニールは大いに喜ぶ。

『なに、ウィプルの酒屋の主人に金を払ってきて欲しいのじゃ…』

フレグニールの言葉にフリルは目を点にした。

「お金を?…」

フリルの返答にフレグニールは大きく頷く。

『といってもわらわには人間の金はない。だから変わりにお主らに…脱皮したばかりのわらわの脱け殻から甲殻や鱗を持っていって欲しいのじゃよ』

それを聞いたフリルは少し面倒そうに眉を動かした。
「どうしよ…危険な森の中を歩くのだから…」

そこでフレグニールのだめ押しが入る。

『勿論やってくれるお主らにもやるぞ?好きなだけ持っていくがよい』


「やります!!やらせていただきます!!」

即答したフリルを見て、グリフォードとラルフは向き合う。何故?…フリルがとても言い表わせない表情で笑っていたから。その眼はキラキラと輝き、今までに無いほどの満面の笑みだった。

『そうか、やってくれるか!近道はこの先にあるわらわの脱け殻を更に真っ直ぐいったところじゃ。ウィプルの奴らが馬車を引いて酒を捧げる場所にで…』

泉の方を指差しながら教えると、フリルはフレグニールの言葉を最後まで聞かずに素早く反転してさされた方向に走っていった。

「あ、隊長!!」

「おい待てよ!!話しはまだ!!おおい!!」

ラルフとグリフォードも後を追い掛けるが到底追いつけるスピードではなかった。

『やれやれ…ま、今を楽しめよ…』

そんな三人を見送りながらフレグニールは笑っていた。

近道を使ってウィプル村を目指し、最短距離をフリル達は人食いの森を歩いていた。

「隊長?…重たく…ないんですか?」

グリフォードが気遣うようにいう。フリルはフレグニールの脱け殻から何から何まで、背納がパンパンに成る程に素材を回収していた。背納は元々が体格の確りとした軍人が背負う様に作られたものであり、フリルのような小柄な少女が背負うにはあまりにも大きい。そのため体の小さなフリルが素材で巨大になった鞄を担いで歩いているのは異様な光景だった。

「…ゼェ…ゼェ…」

フリルは汗だくのまま振り返る。表情は険しく両足はあまりの重さに震えていた。龍の甲殻は軽そうに見えて非常に重いのである。

「うぅ…諦める…もんですかぁ…」

それでも歩くペースが変わらないのは流石である。

「隊長…」

グリフォードはそんなフリルの横に並ぶ、フリルは嫌そうな顔をそのままにグリフォードに顔を向けた。

「…ハァ…ハァ…なに…よ?」

声を出すのも辛そうなフリルをグリフォードは少し気の毒になった。

「て…手伝いましょうか?」

するとフリルは首を横に振り回して拒否した。

「いいの…で?なによ」

フリルはそう返しながら少しペースを落とした。

「…英雄とは、なんなのですか?」

聞かれたフリルは目を見開いて動揺したような表情を浮かべる。

「お、気があうな!」

そこに今まで聞くに撤していたラルフも会話に加わる。

「そんな事聞いて…どうするつもりよ」

そういうフリルは目線を合わそうとはせずに泳がしている。グリフォードはそんなフリルの挙動からさらに言葉を出す。

「お言葉ですが隊長。わたしお含めラルフやエリオール様ですら、あなたは謎だらけです…」

「なによ?…まだあたしを魔王の手先かなんかだって疑ってるの?侵害ね…」

フリルはグリフォードの言葉を最後まで聞かずに不満を露にした。

「いえ、魔王と敵対している事は分かっています。ですがあなたは私達をどう考えているのかがわからない…」

グリフォードの言葉にフリルは首をかしげた。

「はあ?…仲間じゃない、ゲノム王国軍聖騎士団の二人…でしょ?」

グリフォードは首を横に振る。

「わたしは貴女の事が知りたい…安心して背中をお守りするために…」

そう言われたフリルは不満そうに頬を膨らませると、プイッとそっぽを向いた。
「……さん」


小さな呟きだった。

「え?…」

グリフォードが聞き返すと、フリルはグリフォードの顔を睨んだ。

「あたしのお母さんの事っ!」

グリフォードはそう言われてラルフに目を向ける。ラルフも意味がわからなそうに肩をすくめていた。

「いまから数千年前に本当にあったといわれている、五つの首をもつ災厄っていう物語は知ってる?」

フリルがそう切り出すと、グリフォードは大きく頷いた。

「アグネシアの伝説的な話ですね…天界、魔界、人界の三勢力による戦争だったとわたしは聞いています。」

グリフォードは過去に聞かされた伝説を思い出しながら言っていた。

「それなら、俺も知ってるぜ?三勢力の中には三人の英雄がいて…確か戦争の途中で五つの首をもつ災厄とかいうのが乱入して、天界を滅ぼしたって話だよな?」

ラルフがそう言うとフリルはうなずく。