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このはな さくら
このはな さくら
novelistID. 9334
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夏の宿題

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オレンジ色の夕日に染まる教室で、彼と二人きり。とくとくと、心臓の音が音階を踏むように大きくなっていく。
「え~と、え~と、ですね……」
 後輩のたっての頼みにより、校内新聞への掲載が決まった彼のインタビュー。もっともらしく取材用のノートを片手にページをめくっているけれど、そのほとんどのメモは白紙だった。
 というのも、みんな彼のせい。目の前に座るこの男の一言のせいで、脳内から全部吹っ飛んでしまったからだ。
「実は俺、宇宙人なんだよね」
 ふう、と、ため息をついたあとに、どこか遠くを見つめるような眼差しで窓の外を見る彼。窓からは夏の風が入ってくる。
「え~と、ですね、佐伯(さえき)くん。それ、あまり面白くないですよ」
 と言いなしたものの、さっきから全身の産毛がぴりぴりと逆立つ感触がしてる。まるで目に見えない電波を受信してるみたいだ。
 ふいに視線がこちらを向いた。
「ううん、マジ本当」
 切ない瞳のままで彼が言った。
 目が合った瞬間、ちくんと胸に針が刺さったような気がした。

 ダメもとで彼に取材を申し込んだのは、ほんの三十分前のこと。
 春先に転入してきた彼は、恵まれた頭脳と容姿をもって、たちまち我が校の憧れのプリンスになった武勇伝の持ち主だ。
 わたしとは同学年だけどクラスが違っているので、遠くから垣間見るだけ。話をするのも今回がはじめてだった。
 そんな相手に、突拍子もない告白をされるなんて思ってみなかった。いったい彼は、わたしに何を求めているのだろうか。
「宇宙人と言ったって、やることは地球(ここ)と同じだよ。平凡に生活して、寿命が尽きたら死んでいく。俺は向こうでも学生なんだ。これでも、けっこう優秀なんだぜ」
 説明によると彼は、地球から何百万光年も離れた、ずっと遠い銀河からやって来たらしい。侵略が目的でも、拉致が目的でもない。己の好奇心を満たすためだけに、はるばる越してきたと言うのだ。
 ――ひえ~。
 こんな話、馬鹿げてる。本当に信じられない。
 そう、本当に信じられないのだけど。
 パッチリとした大きな目、卵型のフェイスライン、白く透き通るような薄い肌。近くで見る彼は美しく、まるでお人形のようだ。人工的に造られた顔だと説明されたら、間違いなく納得のいくレベルだと思う。
 それに、わたしの知ってる宇宙人は、足がうねうねのタコ型か、ぽっかりと大きく穴が開いているような黒い目をしたやつ。
 彼はどちらのタイプとも違っている。ということは、その美しい皮膚の下に真実の姿が隠されていたりして……。
 びっくりして言葉を失っているわたしに、彼はニッと笑った。
「俺の正体は、もちろん秘密だよ。余計な混乱を招きたくないし、知らなくていいことだってあるからね」
 と、片目を閉じてウインク。あまりにも様になっているので、どのように自分を見せたらいいのかがわかってる感じだった。
 けれど、小馬鹿にされているようで、こっちは面白くない。
「校内新聞のインタビューなんだから、適当でいいですっ」
 強い口調でそう言ったら、彼は首を傾げた。
「ふーん、なるほどー。君たちは嘘をついても平気な生態なんだね。俺たちの星は、親しい相手に対しては嘘をつけないっていうのになあ」
 本当に不思議がっているらしく、彼の瞳が大きく開いた。
 全くもって美しい形の瞳だ。本物の顔で作り物でないとしたら、宇宙のどこかにいるかもしれない神様にあっかんべーしてやりたいぐらいに。
「誤解しないで。わたしたちは親密度まったくのゼロ。親しくないよ。打ち明ける必要なんてありません。インタビューも適当でいいって言ってるでしょう」
 風に流されそうな前髪を、あわてて押さえる。
「だって君は、俺のことを秘密にしてくれるんだよね? こうして話を聞いてくれているわけだし」
「ま、まあ、そうだけど。話したところで信じる人はいないでしょう?」
 そんなのあたりまえだ。話したって精神崩壊者にみられるか、冗談として受け止められるだけ。自ら好んでリスクを背負う必要はない。
「ああ、そういえば、まだ肝心なことを言ってなかった!」
 突然彼が、ぽんと手を叩いた。
「さっき言ったよね。俺たちの星の人間は嘘をつけないって」
「うん、確かに言ったけれど?」
「嘘をつけないからこそ、真実を言えないときは黙っておくんだ。君たち地球人が俺たちの存在を確信していないのは、そのせいでもある」
「それで? そちらの言いたいことが見えないのですが……」
「つまり、危険を冒して君に真実を明かしたのには、わけがあるんだよ。その、俺は君と親しい関係になりたいと思ってるんだ」
 美しい顔に浮かぶ、はにかんだ微笑み。
「わ、わたし? 何故にわたしとっ」
 心臓が飛び出しそうになった。さらに一段、鼓動の速度があがる。
 こころなしか彼の声が低くなった。
「以前ネットで調べた文献にあったんだ。君たち地球人は相性のいい相手に会うと、互いに電波を発信し受信するんだってね。その器官を第六感と言うんだろう?」
「えっ、えっと。急に言われても……。うーん、たぶん」
 続けて「電波のせいかどうかは、わからないけど」と言おうとしたら、「やっぱり」と彼の唇が動いて白い歯が見えた。
「さっき君に話しかけられた時、なぜだか俺にも同じ症状が起こったんだ。こんなこと生まれてはじめてだよ。もしかすると、地球の磁力や重力の影響なのかもしれない。だから俺としてはぜひ、異星人同士でも第六感が働くのか、ここの星特有の現象かどうか詳しく研究してみたいんだ。そのためには地球人のパートナーが必要なんだ。そのパートナーが――」
「わたしだって言うの? 冗談でしょう。そんなの信じられない。仮に本当のことだったとしても、どうしてわたしなんかと」
「君に会ったとたん、俺の体がチクチクしたからだよ。これが第六感というものなんだろう? だったら、俺と君は相性がいいってことだよ。協力してくれないか?」
「知りません、知りませんってば。わたしは感じていないもの。いい加減にしてください」
 思わず両手を振って否定したけれど、彼は迫って来た。またしても説明を重ねようとする。
「いや、だけどね。確かに文献が……」
 そのおかげで焦ったわたしは、余計な質問をしてしまった。
「その文献というものは何? いったいどんなものを読んだのよう。ガセをつかまされたんじゃないの?」
 うーんと、二、三秒悩んだあとに彼は言った。
「『俺様王子×わたがし姫の甘い恋 あなたの唇で溶かされたくて』だったかなあ。全年齢向け恋愛小説と書いてあった。家に帰ればハッキリわかるけど」
 ――げ。
 ぎくりとした。それは、ネット小説投稿サイトで密かに投稿した、わたしの小説タイトルそのものだったのだ。
 冒頭のシーン、主人公の女の子が運命の相手の彼と出会ったとき、わたしはそういう場面を書いたことがある。主人公が彼を見てピピッと感じたところを。もしかすると彼こそが、わたしの運命の相手じゃないかと――。
「実に興味深い文献だった。面白かったから、研究発表の材料にするつもりなんだ」
 そう言って彼は、うれしそうにうなずいた。
 もう一度。とくん、と心臓が跳ねた。かーっと頬が熱くなる。
作品名:夏の宿題 作家名:このはな さくら