ひとつだけやりのこしたこと
だけどな、いま、もしかしたら、知らない方がよかったのかとさえ思うよ。
え、なぜ?
なくした時の悲しみが大きすぎるんだよ。それなしにいられなくなるんだよ。ほかの楽しみでは満足できなくなるんだよ。
依存症か?
何とでも言え。
しかしな、それならいまからほかの相手を探せばいいだろ。それとも赤い糸で最初からただ一人としか結ばれていない、と思うのか?
それは信じていない。だけどな、相性というものもあるし、最高の相手がそんなに簡単に見つかるはずないだろ?見つかったって、俺を愛してくれるかどうかわからないだろ?っていうか、そもそも62歳の貧乏百姓とつきあおうとする女性さえほとんどいないだろ。
でも、もしいたらまたはじめるんだな、性懲りもなく。
・・・・いや、少し、懲りている。たとえその相手と深く愛し合っても、また壊れるんじゃないか、と不安になるかも知れない。なりそうな気がする。あと、もう一つ不安がある。
まだあるのか。
さとみと比べるかも知れない。そしてさとみの方がよかった、さとみが恋しい、と・・・
おまえ、心底、やっかいな奴だな。つきあってられねえ。「そのうち何かいいことあるかも」って気楽に生きることがどうしてできねえんだよ。
傷ついたことのない人にはわからない。考えてみてくれよ。全力をかけたことが失われて、永遠に続くと信じたことがあっけなく壊れて・・・
泣き言を言うな。聞きたくないね。弱虫の言いぐさだ。
うん。弱虫かも知れない。俺、自分がこんなに傷つきやすいことを知らなかったからな。いつまでも引きずるなんて知らなかった。つくづく、どうしようもない人間だと思う。
いや、そこまで思わなくてもいいけど・・・
とにかく、このどうしようもない俺にとっては、ますます自信がなくなる出来事だったんだよ。これだけがんばってダメだったら、もう俺は何をやってもうまくいかないに違いない、一人ぼっちで泣きながら暮らして、一人ぼっちで死んでいくんだ。
・・・・・・・・・・おい。
死ぬ時にひとつだけ望みがある。幻覚の中であの日に戻ること。あのときのさとみの声を聞くこと。
「ねえ わたし
つださんのことが大好きなんだよ
ほんとうだよ
こんなに好きになったこと ないんだよ
こんなにしあわせになったこと ないんだよ」
作品名:ひとつだけやりのこしたこと 作家名:つだみつぐ