ひとつだけやりのこしたこと
無題 2011年05月04日 22時39分
ひるがえって考えてみれば、あのとき、わたしは死のうとしていたんだった。
この出会いがなければわたしはいま、この世にいなかったかも知れない。
この出会いがなければ、さとみはいまでも、娘に「信じるから傷つくんだよ、誰も信じなければ傷つくこともないんだよ。」と諭す暗い眼をした母親のままだったかも知れない。泣くこと以外何もできずに。
そしてわたしは変わった。人を(今のところ、一人限定だけど)思いやることができる、心からしあわせを願うことができるようになった。適当でいい加減で自己中心的な生き方から、少しまともになりつつある。
さとみは明るく強くなった。わたしの執着を振り切ってまで自分のしあわせに向かって歩き出せる程までに。
さとみをしあわせにするというわたしの努力は、実を結んだ。
すべて、素晴らしい結果じゃないか。なんの不平があろうか。
いまでもわたしはさとみとメール交換ができる。たまになら、電話もできる。
わたしたちは何でも話し合うことができる。お互いのつらさをかばい合うことができる。
ほとんどの別れたカップルにはできないことが。
わたしはさとみの声を聞くだけで深く癒される。さとみが「ごめんなさい。」というたびに胸がいっぱいになる。
そのことは、いつか、わたしの哀しみと辛さを少しずつ癒すだろう。
だからね、さとみ、ケンちゃんとしあわせになるんだよ。絶対だよ。
作品名:ひとつだけやりのこしたこと 作家名:つだみつぐ