痛いよ
いつもの様に俺の仕事が終わるのを待っている彼と一緒に自分の部屋に帰る。
一緒に暮らしているわけではないが月の半分以上は一緒にいるようなもんだ。
これまたいつもの様に二人で手を洗い、着替えるために寝室のクローゼットを開けると彼も後をついて入ってきた。
「昨夜何をしてた?」
薄暗い部屋の中に響く彼の声。
一瞬、彼の質問に昨夜のことを思い出してハンガーを持つ手が止まった。息が止まる。
一呼吸置いて何もなかったようにジャケットを引っ掛けながら冷静に答えた。
「友達と飲んでたよ」
「友達?俺の知ってる人?」
「お前の知らない人。高校時代の同級生」
「何で急に?あなたの学校は静岡でしょ?こっちで勤めてるの?」
「出張だって。たまに来るんだよ?その時は一緒に飲むの」
ああ、でももう会うこともない。飲むことも無いだろう。
あんな関係だったけど好きだったのに……。
「あなたの友達って会ったことないな」
「友達自体が少ないからね、俺は」
「どんな人なの?」
「えっ?」
「昨夜会った人って」
「ああ……普通の奴だよ。勉強出来て、スポーツ出来て、面倒見がよかった」
何も無いただの友達だったなら昨夜みたいなこともなかったろう。
そんなことを考えながらクローゼットを閉じる。
「好きだった?」
「えっ?」
「ごめん。なんでもないんだ」そのまま背中から抱きすくめられた。
彼が気にしていることは分かってる。けどだからって何もかもあからさまには出来ない。
高校時代、好きだった奴と体の関係しかなかったこと。
表だって恋愛できるわけじゃないから人に言えないことも色々経験してきた。
彼には教えたくない。いや、知られたくないんだ。
でもたまに恐くなる。あの眼で射抜かれると全てが分かってしまうんじゃないかと。
俺を見ないで。そんな眼で見ないで。俺を嫌いにならないで。
耳の後ろに口付けられて擽ったくて首を竦めた。
体をひっくり返され正面を向かされるとそのままベッドに押し倒された。
首筋に何度もキスされ、舌で下から上になぞられる。ぞくぞくする快感が押し寄せる。
息が上がってくる。顎を軽く噛まれそのままキスで唇を塞がれる。
何度も角度を変えられくぐもった声しか出てこない。
ようやく許されて唇が離れる。それなのにまたキスがしたい。
それが分かったのかまたキスをされた。
「目を閉じないで。俺を見て」
キスする時の彼の顔が好きだ。眼の縁に赤味が増して色っぽくなる。
でも至近距離の彼に恥ずかしくもなるから眼を瞑る。
「駄目だって、ほらちゃんと見て」
促されて眼を開けてキスするけど体も反応するんだ。
怒ってる?何にも話さない俺を。
酷くしないで。いや、もっと酷くして欲しい。
体は求めてる。もっと、もっと、もっと酷くして。俺を貫いて。
一度目の絶頂の後優しく口付けられ聞かれた。
「俺は何人目の恋人?」
言葉をなくす。そんなこと考えてたの?お前だけだよ、お前だけだよ。
恋人って呼べるのは。恋人って呼べたのはお前だけなんだよ?
声にならないまま抱かれる。嫌だ、嫌だ、嫌だ。
俺を嫌いにならないで。お願いだから。
そんな気持ちのまま抱かれる。体は反応する。心は?
「理不尽だよ」出てきた言葉に反応するように彼にさらに乱暴に抱かれる。
もっともっと酷くして。もっとだよ。
もっと俺に怒って。酷くして。
彼の痛みが俺への愛だから。胸の中をえぐるような痛み。それさえが愛だから。
ああ、やっぱり酷いのは俺だよ。
嬉しがってる。そう、こんなに嬉しいんだよ。
ねぇもっと痛がって。
俺を好きになって。