嵯峨野の女
桃色に染まった裸身は僕を受け入れたが、激しく燃えることはなかった。重ねた身体の下で、女は泣くように咽ぶ(むせぶ)ように果てた。哀切さがこみあげるような絶頂だった。
女は何時までも僕から離れようとしなかった。泣きはらした瞼から幾筋もの涙が流れた。僕は黙って抱きしめるしかなかった。お前は独りでない、僕がいるのだ、僕と二人で存在するのだと念じていた。
母方の祖父の危篤で、僕は急遽(きゆうきよ)田舎に呼び戻された。
祖父が亡くなり葬儀を済ませ、二週間ぶりにアパートを訪ねると、女の部屋は空っぽであった。驚いて大家に尋ねると、「東京に行くと出て行った、詳しい住所は分からない」とのことであった。
部屋にはメモすら無かった。僕は一方的に捨てられたのだ。
正味四ヶ月ほどの付き合いだったが、突然、女を無くした喪失感は大きかった。眼前の風景から音や色彩が消え、現実感が無くなった。食欲が衰え、夜は眠れず、外出が辛くなった。心に大きな空洞を抱え、激しい虚脱感に見舞われた。世界はガラス窓の向こうにあって、機械仕掛けで動いているように見えた。僕は、一時、喜怒哀楽の感情を忘れてしまった。
三ヶ月ほどして、女から絵葉書が届いた。
バリ島のリゾート写真に、❤マークで「ここにいます」とあり、次のように書いてあった。
「悪いお姉さんでご免なさいね。君はまだ若いし、素晴らしいものを持っているわ。もっと普通の子と一緒になってね・・グッドラック!」
普通の子と一緒に・・そう、僕が普通の子と恋するのに、それから二年の歳月を要したのである。
了