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奥野沙知子
奥野沙知子
novelistID. 41066
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あの日にかえりたい~第三章 現実逃避の街

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"もういいやん、過去の話は"

昨日の夜、
秀人がそう言った。

飲み屋をでてから
2人で夜道を歩いて

デートみたいに喋った

最後の最後に。



昨日の夜はまるで
寝付けなかった。



大好きだった街が、
一瞬にして暗転したって感じ。



当時、私は
この場所にもはもう、戻って来られないと思って、この街を出たのに

もう一度ここにくることを
心の何処かで決めていた。


2年半も恋い焦がれて、

東京は
憧れの場所になっていた。


でも、この街には
辛い思い出も沢山残っていたんだ。



来てみて、気づいた。

私はここにいた時、辛かったんだ。

くすぶってくすぶって
答えが出せなかった。

勇気を大阪の何処かへ置いてきて
しまったようで、
一歩も踏み出せなかった。

毎日をこなすしかなかった。


無理ばっかりしてたから
きっと
自分らしくなかった。

誰かに興味を持ってもらえるような、好きな人の気をひけるような魅力が

あの頃の私にあっただろうか。



あの頃の私は
まるで気付いてなかったけど、

始めから決まっていたのかも
しれない。



この街は、私にとって
現実逃避の街だった。





"ふぅ…"
静かなビジネスホテルの一室で
私一人だけの溜息がこぼれる。


思い詰めるのはよくないな。

しかも、もう
終わった話で。



私は旅行カバンに手を伸ばした。

手帳の中に
今日行きたいとこリストがある。



"あ、そうそう。
このカフェに行きたい"

単純なもので、
すぐに、気持ちはそちらへ向かう。


なんかどうでもよくなってきた。
今は久しぶりの東京を楽しもう。



・ ・ ・



"サヨちゃん!"
しみちゃんが手をふる。

昨日私は居酒屋にうっかり
忘れ物をしていた。

それを届けにわざわざ
車を走らせてくれたのだ。


清水卓。29歳。

彼は物事を"面白いか面白くないか"で
判断する。
一緒にいて、楽しい人だ。



私は地下鉄に乗って
久しぶりの東京を散策していた
ところだった。

早起き過ぎて、ランチにはまだ
時間が早かった。

ちょっとうろうろしてから、
行きたかったカフェに
行くつもりでいたのだ。


お腹、…すいたな。

そう思った矢先、
しみちゃんから
連絡があった。






忘れ物を届けにきたついでに
私をカフェまで送ってくれる。



しみちゃん、やさしい。

そんなことを思って、
サイドミラーを眺めている私に
しみちゃんが聞く。


"クーラー、寒くない?"
"うん、いけるよ。
寒くない"


"サヨちゃん、昨日
秀人と何喋ってたん?"

突然の質問だった。

でも、私はしみちゃんに
隠し事をしたことがないから、
構わず喋ることにする。


"んー…しみちゃん、私、実は
秀人に告白しに東京へきたねん"

しみちゃんが驚いて
こっちを向いた。

いつもは彼は驚いたとき、
ひょぇーっとか、
うわぁおいおいおいおいーとか
大袈裟な擬音語を発するのに。

今日は言わない。

"秀人なんて?"

どこかしら、真剣な面持ちだ。



"秀人も好きやったって。
でも、彼の言い方じゃ
それはもう過去の話みたい。

私、頭の中真っ白で
何も言い返せんかった。
もっとちゃんと好きやってこと
伝えるつもりで来たのに。
ふふ…
けどねー、
ま、しょうがないよねー"

明るく喋るようにつとめる。

珍しく
しみちゃんが黙っている。


沈黙が
たえられない。

"秀人は今、彼女がいるんやろ?"

私の咄嗟の問いかけに

答えなきゃな、って感じで
答えてくれるしみちゃん。

"あー、彼女。うーん、まぁな"

左手で頭をポリポリかいてから、
彼は続ける。

"でも、サヨちゃん、あいつ、
サヨちゃんのこと思ってたよ。
最近までずっとな"

"最近までずっと?"

"俺にサヨちゃんのこと
どう思ってるか聞いてきた"

"は?"

"俺はサヨちゃんお気に入りやって
でも、同じくらい由美もお気に入り
やって言った。
あいつ、俺とサヨちゃんが出来てるん
じゃないかって疑ってやがった。
しょーもないやつや"

"へ?なにそれ?"

"わけわからんやろ?"

しみちゃんが苦笑する。

"俺がどう思ってるとか関係あるか、
おまえの気持ちなんやから、おまえでどうにかせいって俺言ったんや。
でもあいつ、勇気なかったんやろ、
サヨちゃんに会いに行くこともできんかった。結局流れたんや"

返す言葉が見つからない。

"それに比べりゃサヨちゃんは立派。
自分のきもちに素直になってちゃんと行動にしたねんから。えらい、
サヨちゃんはえらい"

大袈裟なくらい、私をほめてくれる。彼なりの慰めなんだろうか。


"あのさ、しみちゃん?"

"ん?"

私は引っかかっていたことを
一字一句を確認するみたいに
聞いてみる。

"秀人は、最近私のことを
諦めたってこと?"


しみちゃんも私の発した一字一句を
確かめるようにしてから頷く。

"そういうことちゃう?"



なんか、泣けてくる。
運命を呪いたい気分。

"そっか。やとしたら
あたしらほんまにすれ違いばっか"

また、溜息がでそうだ。


"私もね、諦めそうになった。
東京と大阪じゃ遠すぎるし
もう2年半も会ってなかった。
あの後の連絡先も私、
知らんかったし。
諦めるのが普通やったのかも
しれへん。"

まくし立てて息継ぎをした私を
横目でちらっとみてから、

しみちゃんが相槌をくれる。
"うん"

"実はね、去年一度東京に来たねん。
でも、素通りしてしまった。
真正面から立ち向かえる勇気なくて。ちゃんと笑顔向けられる自信もなかった。また今度来た時にしよう。
もっと私が、イイ女になったら、
とかって言い訳して私は逃げた。
だから…

私、秀人の気持ちわかる"


しみちゃんが笑った。


"やっさしーな、サヨちゃんは。
あいつ、ただのヘタレやで"

"そんなこと…"

"去年一年あいつ大阪におったって
サヨちゃん知ってたか?"

"え?知らん…"

"出張でほとんど大阪におった。
サヨちゃんに逢いにいこうと思えばいつでも逢いにいけたやろ"



"知らんかった…"

びっくりして、声がでない私に、
しみちゃんはふ、と笑いかける。


"そういうの、あるんやな。
おまえらいつも
タイミングが合わんのや"


つられて私も、
ふ、と笑った。

"…そうみたい。
なんか悔しいけど。
あの当時はお互い付き合ったり
できる環境じゃなかったし"

"ま、確かに俺らは
仕事に一直線やったからな。
恋どころじゃなかったか"

"うん。秀人もそうやったし
私もそうやった。でも私は…
秀人が好きやって気付いてしまって
からは、いつか秀人と恋人になるんだって思ってた。
ふふ、
私 超、希望的観測やんな~"


深刻になりたくなくて、
私はおどけた口調で言った。


"はは、せやな。
超、希望的観測な?"

しみちゃんは、屈託のない声で
私の言葉をリピートしてくれる。

その優しさに、
泣きそうになった。

しみちゃんの方を