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泣き顔のキミ

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キミが泣いた。
いつもの笑顔の口元を懸命に保とうとしながら、ボクを見つめるきらきらな瞳がうるうると涙に溺れていく。
「どうしたの?」
キミは、口を閉じたまま、首を横に振る。
「ボクのせい?」
やっぱりキミは、口を閉じたまま、首を横に振る。

人通りは少ないけれど、街の中で向き合って彼女が泣いていたら通る人はそう思うに違いない。
だけど、いつも笑顔のキミが、突然こんな顔を見せるなんて何かよっぽどの理由があるとしか思えない。
ボクの頭の中は、どう聞こうか?何を聞こうか? と全速力で思考のあらゆる引き出しを開け捲る。
見つからない。
ボクの行動にしても、このままここに居続けるのか? 肩を抱いて何処かに移動すればいいのか?
はたまた(恥ずかしいなー)と逃げ出したらいいのか? と動く指示が出てこない。

キミの瞳に溜まってゆく涙は、もうほんの少しでも俯いたら溢れ落ちて頬の産毛を煌めかせるラインになる。
きっと綺麗なんだろうな。
でもボクはそれを見たくはない。何とかこの涙を止めたい。
目薬ならば、吸収されていくというのに涙というのはどうして出たがりなんだ。
よしこうなったら。
ボクは人差し指、いや親指がいいかな、キミの顔に近づける。
待てよ。こんな汚れた指でキミの純粋な透明の涙を拭い、ボクの指の肥やしにしてはいけない。

ボクは考える間もなく、唇にその涙を受け止めた。舌先で下瞼に零れた涙を舐めた。
驚いたようなキミの目は、涙を止めた。
先ほどまでの作り笑顔の口元が歪んだ。そして言葉が出てきた。
「…どうして?」
「ん?」
「どうして、そんなことするの?」
「わからない。でもそうしちゃった」
キミの口調に棘も怒りもない。

少しはほっとしたボクだったが、始めの何故が甦る。
今なら理由を尋ねたら答えが返ってくるだろうか。
はて、何と聞こう?またその繰り返しになってしまうのだろうか。
だが、ボクの思考は涙が消えたことによって正常に戻りつつあった。
「コンタクトがずれた?」
「コンタクトはしてないもん」
「あ、そっか。じゃあゴミでも入った?」
「ううん」
「じゃあ、どうしたの? 帰りたくなった?」
「ハテナばっかりね」
「仕方ないだろ……なんとか聞きたいんだから」
「聞かなくてもいいこともあるでしょ」
「え? 何? そんなことってある?」

キミの口元が緩んだ。目元の曲線が和んだ。
キミは、小振りのバッグからハンカチを出して目元を拭いた。
「もう……舐めないでよ」
「だってさ」
俯いて『くふっ』と息の漏れたような声を出してまたボクを見つめ上げた。
今まで見た瞳よりもきらきらと綺麗だった。
もう、ボクの中で詮索する機能が停止した。今度は鑑賞のようだ。

そんなボクの胸の辺りを人差し指でツンと突いた。
「何か食べに行こ」
「あ?ああ……行こうか」

ボクはキミと歩き始めた。
どっちへだ?何処行くの?こっちでいいのか?
まったく、今日はキミに振り回される。でも、こんなのも悪くない。
ボクは、腕に空間を作ったけど、キミは見ただけ、そこに腕は掛かってはこない。
キミのハンカチを握っている手を握った。
(ハンカチのヤツ、邪魔だ!)と思いながら。

あーーーーーーーぁ、やっぱり!

ボクは、足を止めた。
「なあ、さっきはどうしたの?」
言い放ちながら、キミを見る。手は握っているぞ。逃がさない。
「言わなきゃ、駄目?」
(ああ、そんな可愛い目をして、その口調。ボクは鬼になってしまったのかも……後悔……)
「そりゃ聞きたい。街中で急にあんな、あんなふうになったんだから」
(ああ、ボクの口、黙れ!いいじゃないか、もう……)
キミの手が、一瞬ぎゅっとボクの手を握った。

下唇を少し噛んでからキミの口元が動いた。
ボクは、胸元に引き寄せ、身体でその言葉を封じた。
「もういいよ」

キミの悲しい涙じゃないなら いつだって涙くらい零したっていいよ。
「何食べようか?」
「うふふ、またハテナ?」
「いつもはボクが決めるだろ。だから今日は付き合うよ」
キミの笑顔がひときわ眩しく見えた。

あーーーーーーーぁ、やっぱり聞いておきゃー良かった!気になるぅーーー。

   
     ―了ー
作品名:泣き顔のキミ 作家名:甜茶