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KMJストーリィ―Attachment of sixty―

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「風邪、ひいちゃうよ?」
声をかけると、出窓に肘をついて一心に星空を見上げていた背中が振り返った。
「何が見えるの?」
「星?」
「そりゃそうだろうね」
呆れたような口調で言ってやると、あははーと明るい笑い声が返った。
まったく、昼までまた熱を出していたくせに。そんなことを胸中に呟いてみる。
同じ時、同じ様に生まれた筈のあたしの半分は、どうしてか、あたしの半分しか体力がない。
「ごめんね。心配した?」
でも、咎めようと側に行って覗きこんでやると、同じ色の瞳が本当に申し訳なさそうに見上げてきたから、仕方ない。
「した」
こつん、と。本当に同じ色をした頬を両手で挟んで、同じ形の額をぶつけてやる。
重なる髪の色も、見つめ合う瞳の鳶色も。睫の一本一本まで、自分でも嫌になるくらい似ている。鏡を見るより便利かもねと、ちょっと笑えてしまうかもしれないくらいに今更なことを思った。
「ごめんね、ジュリー」
同じ指紋を刻んだ指先が、やっぱり同じ様に、あたしの頬を挟む。
その体温だけが平均より僅かに高い。あたしは眉をひそめた。
「熱あるね」
「そう?」
「あるでしょ。あたしより高いでしょ」
──本当は、おんなじなんだから。
そう言うと、あたしの双子の姉は、ふんわり微笑った。
あのね。
本当はね。色々、言いたいことはあるよ。
同じ様に生まれて全く同じ顔して、見分けつくのはおかーさんと隣の幼馴染みのお兄ちゃん。時々おとーさんでさえ間違えて。
なのに、あんたばっかり大事にされてる気がして。
そんなの、身体弱いんだから当然だよと、ちゃんと分かってるのに。おかーさんが、あんたの名前ばっかり呼んでる気がして。お兄ちゃんが、遊ぶ時、あんたばっかり振り返る気がして。
そんなこと考えて、あたしってば嫌な奴とか思ったりする。
だけどさ。
「おんなじだね、ジュリー」
口まわらなかった頃からの愛称で、呼んで、額をこつんとあてたままで、あんたが笑うから。
幸せそうに笑うから。
まるで男の子の呼び名だよねと、ある程度、分別付くようになった今は思うけど、いまだに変わらず呼ぶから。
「あんたが熱出してるから、今は違うでしょー」
「むぅ……」
「だから寝れ。今すぐ寝れ。とっとと寝れ!」
びしっと布団を指さしてやると、ふくれっ面がすぐ、困ったような笑みに変わった。
そりゃ確かにね。いつもいつも寝てばっかりだと飽きるんだろう。
半分のクセして、もろに健康優良児なあたしには、よく分からないけどさ。
だからといって、だ。
「人に心配かけなーいっ」
「ジュリー。心配した?」
「いつもしてるでしょ」
「してた?」
「あのねーっ」
「ふふ、うん。してるね、いつも」
薄情にも傾げた首を締めてやろうかと手を伸ばすと、それをすり抜けて、またくすくすと笑った。
同じ声。同じ響き。
その筈だけど、当然、耳の奥に響く自分の声と、外から入ってくる柔らかな声は違う。
笑ってくれるのは好きだよ。言わないけどね。
ベッドによじ登って布団を被るのを見届けると、いつもの習慣でポンポンと子供寝かしつけるみたいに叩いてやる。というか、確かあたし達、今もまだ子供だよね。うん。まだ十歳にもなってないんだから、子供、子供。
甘えたっていいよね、うん。
「ありがと、ジュリー」
布団から目だけ出してそんなこと言うから、ついつい立ちそびれてしまう。これも、いつものこと。
でもって実は、こんな時間は嫌いじゃない。
「ねえ」
「ん?」
「何だって、外を見てたの?」
聞いてやると、ほんの少し不思議そうな顔のまま、首を傾げた。
「ん? だから、星」
相変わらずズレた答えが返る。いや、本人的にはズレてないんだろう、先刻、もう答えたことを何で聞かれるのか疑問に感じて、でも、その先を考えてないだけで。
……あ。分かってて答えてない可能性もある。
「何で? 今、冬なのに」
そしてあんたは、どう考えても、冬場、ほけほけ窓開けて外見ているには弱いのに、と。そんなことまでは言わないけど、多分、言わなくたって知ってる。
「……あの、ね」
ほんの少し困ったような笑顔で、ちゃんと知っていることは分かる。
「夢をね。……見たの」
「夢?」
「そうしたら、星をね。……見たくなったの」
訳が分からない。そんな表情をしているんだろう。あたしの頬を、ほんのりと熱を孕んだ手が辿る。
優しい優しい仕草なのに、何故あんた、そんな泣きそうな目をするの。と、そう思う。
「……ごめんね」
「どうして。……どうしたの」
呟くように謝られて、あたしも一緒に泣きそうになる。
感情は共有できるのに、考えていることは違う。あたし達、何でこんな同じなのに違うんだろうね。
「何でだろうね」
そっと手を伸ばし、濃い茶色の髪を撫でる。やっぱり同じ色、同じ感触。そして同じ長さの髪。
髪型だけでも変えたらいいのにと、そう言ったのは隣のお兄ちゃん。
だけど、あたし達は、いっつも同じ。そうしたいから、同じ。
「ジュリー」
「ん?」
「大好き」
「あたしも大好き」
「うん」
言ってやると、本当に安心したように笑った。
本当は、あんたの方があたしより何百倍も寂しがり屋だ。そんなことは知っているよと、髪を撫でる手を、先刻よりも優しくした。
「ジュリー、知ってる?」
「ん?」
「今、私達の目に届く星の光って、本当はもっともっとずっと昔。まだ、私達どころか、おじいちゃまやおばあちゃまも生まれてないくらい昔に生まれたものなんだって」
不意に視線を何処かへずらし、そんなことを言い出す。
「前に、お兄ちゃんに聞いたことあるかも」
「文兄ちゃんに?」
「うん」
だけど、それがどうしたの、と。聞こうかどうしようか、ほんの少し考える。
何だか突然始まる会話は、大概いつものことだ。それが何処から生まれてくるのかなんて、あたしは、あたしの片割れの夢の中ってことくらいしか知らない。
熱が出る時の夢って、普通の夢と違うの? って。
お兄ちゃんに聞いたら、そんな筈ないと言うし、だからあたしもそうなのかなと納得してしまったけど。でも、あたしに「知ってる?」と聞いて始まる話は、同じなあたし達を、少し違うように感じさせる。
嫌じゃないけど、ほんのちょっと寂しい。
でも、話してもらえるのは嬉しい。変だね。
そんなことを思うあたしの髪を、そっと梳くように撫でる指。
「あのね」
「うん」
「私、ジュリーが大好きなの」
「知ってるよ?」
「うん。……でも、ね」
もし、と。
呟いた声は、その時、とても哀しそうに聞こえた。
「もしも、お星様の光が生まれてからここに届くまで、そのくらいに一心にお願いしたことが叶うなら。……そんな願いと天秤にかけられちゃったら、どうなのかなって」
「なぁに、それ?」
「私達、同じなのに」
そっと差し出してくる手を、いつものように握り合わせた。
この世の誰よりも、ぴったりと合うのは、あたし達の手。
「でも、ね」
柔らかな笑みは、何故かひどく大人びて見えた。
「ジュリーはきっと、ちゃんと、選ぶよね」
「誰を? あんたを?」
「さぁ? 私かな。それとも、文兄ちゃんかな。他の誰かかな」
くすくすと、何かとても楽しいことを聞かされたように笑い出す。