殿上人よこんにちは
「普段から俺が木の枝で寝てるの見られたら下手な陰陽師やら貴族やらに見つかったら祓われるからなあ。俺も術が使えないわけじゃないし一応姿は隠してる。それなりのやつには見えるみたいだけど」
「へえ」
「吉昌にも見えてると思うぞ。俺普段日陰にいるからわかんないだけで。今は見えてるだろ?」
「今は?・・・・・・ああ、それでいつもは俺にも見えないんだな。俺の仕事場日陰ねえし」
「そういうこと。あそこ暑いんだよなあ」
飯綱は今も術で姿を隠しているらしい。吉昌には見えているがきっと吉昌より実力のない陰陽師には見えないのだろう。
いつも飯綱の姿を見ないのは飯綱は涼しいところにいるから、だそうだ。
書架の本を整理しながら吉昌は日陰っていいなあと思っていた。書架は小さな部屋のようになっていて、窓が西側についてないので日中は涼しいのだ。
普通なら書架の整理は新人の仕事なのだが仕事場が陽にあたって暑いものだから吉昌はある意味権力を行使して書架の整理をしている。
「吉昌様ー!」
「おう」
「おう、じゃないですよ!ちょっと大変なんですよ!」
「大変?」
「この間転居の占いをしてもらったとかっていう方がすごい怒りようで・・・使いの人も迎えたこちらもどうしたら良いかわからないんです!」
「・・・この間?俺が占った奴か?」
「はい。そうです」
「なんだ吉昌、お前占い下手?」
「うるせえ」
「え?」
「あ、いや、なんでもない。こっちの話だ。で、その貴族様はなんだって言ってんの?」
「なんでも家の一番端に台所を作ったら使用人が次々に病気になったり実家が盗賊に襲われたり、その家も小火騒ぎがあったそうで・・・」
「一番端?方角は?」
「それが・・・北東らしいです」
「あんの豚男!俺の話聞いてなかっただけだろ!おい、使いに、俺が呼んでるからって言って主人自らこっちに出向かせろ。全く、俺は北東は鬼門だからって何度も言ったってのに」
「しょ、承知しました!」
吉昌を呼びに来た幼い陰陽師と思われる少年はほっとした表情で陰陽寮に戻っていった。
「ちゃんと仕事してんじゃん」
「お前が余計な事いうから変な奴だって思われたわ絶対」
「いやでもあいつはなかなか見る目あるぞ。俺の気配を少し感じ取ってたみたいだし。無自覚かもしれないけど」
「おーおー。そうかよ。じゃあ俺は豚男の相手しねえといけねえからもう戻るわ」
「今度今度はちゃんとやれよ」
「うるせえ」
その夜、例の貴族の相手でぐったりした吉昌は家までの暗い道をとぼとぼ歩いていた。
平安時代の夜道にもちろん街頭なんてあるはずがないので月明かりがたよりである。
その月明かりも今日の昼間の曇天のまま夜もどんよりとしてほんのわずかである。
いつもなら帰りには飯綱がくっついてくるのだが今日はそれもない。いろいろな状況が相まってそれが余計に吉昌の気を重くするのだった。
「あーただいまー」
「吉昌か。ちょうどいい。こっちに来なさい」
「親父?いやちょっと俺今日はもう寝たいんだけど」
「いいから来なさい。吉昌ももう歳と言ったってこんな早い時間からとこに入ることもなかろう」
「だから俺まだ若いからな。20歳だからな」
「いや、20歳って言っても人生20年も過ごしてるわけだからな。油断は禁物ってところだよな」
「・・・・・・・・・」
「おう吉昌。今日は遅かったな」
「・・・・・・」
「吉昌?」
帰宅した吉昌が父、晴明に呼ばれて部屋に行くと、晴明の横にはあの飯綱がふんぞり返っていた。
思わず言葉を失った吉昌は晴明を見て目をぱちくりさせた。
「ああ、飯綱のことか?わし言ってなかったっけ?こいつは元々わしの式神だったんだが、陰陽頭になった祝いみたいなもんだな。仲良くするように」
「・・・・・・は?」
「だから、これ、お前の式神」
「・・・・・・」
「というわけだ、吉昌。よろしくな」
「はああああああああああ!?」
平安の夜中に、吉昌の絶叫がこだました。