ノベリストにいる異常な作家
彼の小説を読むこと、メールをやりとりすることを完全にやめ、二ヶ月が過ぎた。それでも私は彼のことが気になっていた。動物の虐待など、おそらくはフィクションだと思うが、それでも万が一実際の出来事を書いていたとしたら。私はあの男を見過ごしてよいのだろうか。そんな罪悪感があった。しかし一方では恐ろしかった。たとえ彼が本当に動物を殺害していたとしても、いや、本当であればなお更、もう彼とは関わり合いになりたくなかった。ノベリストの彼のページに足跡を残すことさえも嫌だった。それでも、どうしても気になってしまい、ついに私は彼のページを再び訪問したのだった。日記は相変わらず更新されているようだった。「僕の旅行記」という新しい小説が増えていた。しかし、旅行記など興味もない。見るべきなのは「僕の楽しみ」だ。私は祈るような気持ちで「僕の楽しみ」をクリックした。果たしてそこには「第14章 少女」という新しい章が追加されていた。
読んで見ると、小学校の低学年くらいの少女を、主人公が無残な方法で殺害するという内容であった。その描写は正視することさえできず、頭の中だけで組み立てた想像の産物とは思えなかった。もはや、関わり合いになりたくないなどと言っていられる状況ではなくなっていた。まだ動物であった時点で、あの男の最後のメールを受け取った時点で、行動を起こさなければならなかったのだ。激しい後悔が私を襲った。ともかく、警察に電話しなければ。私は鞄から携帯を取り出した。が、電話をかける直前で、私の頭の中に警報が鳴った気がした。まだ、電話をする前にやるべきことがある、私の直感が自分にそう訴えかけてきていた。そうだ、私はまだ「僕の旅行記」を読んでいない。一体どのような内容なのだろうか。
それを読んでみると、なんの変哲もないごく普通の旅行記だった。有給を使い、一週間の日程での国内旅行をしたらしい。ただし、彼の滞在先は私の住んでいる県の私の住んでいる市にある旅館だった。
そういえば、彼とのメールのやりとりで、私は彼に本名も伝えたし、住んでいる県も伝えていた。住所や住んでいる市は伝えなかったが、普段のメールのやり取りで、私の行ったレストランや商業施設の名前から、住んでいる市は推測できたのかもしれない。
住んでいる市と本名が分かれば、住所も特定可能だ。
「僕の旅行記」は、私に対する警告なのだろうか。すなわち、余計なことをするなという。
彼の小説はたとえどれだけのリアリティがあろうとも、作者本人がフィクションであると言えば、そう見えるだろう。その意味で、それを掲載し続けることは、彼にとっては特に問題は無いように思える。彼にとって一つ問題があるとすれば、「手伝ってほしい」という旨を私に送ったメールだけではないだろうか。
とは言え、私はこれを書いている現在、彼を警察に訴えることはしていない。正直私は恐ろしい。
完
作品名:ノベリストにいる異常な作家 作家名:ゆう