栗の木の花の下で・・ワンナイトセックス
一向に親方がトラックから降りてこない。ハンドルを握って前方を睨んでいる。その方角を見やると、高台の女が洗濯物を取り込んでいた。
ノースリーブのワンピース、無造作に束ねた髪、ふくよかな腕、くびれた腰、豊かな臀部、形良く伸びた足、グラマーな後ろ姿が強い陽射しに透けている。親方が目配せして呟いた。
「ええ女やな~」
四
男と女が二人になる機会は、意外に早くやってきた。
前線が後退したその日は、雲一つ無い見事な朝焼けであった。久しぶりの陽気に、女は鼻歌交じりで洗濯すると、洗いざらい、布団まで干して出掛けたのである。作業する男にニッコリ微笑み、「お早うございま~す」と挨拶するのを忘れなかった。
梅雨時は天候が急変する。
昼前突然、雲行きが妖しくなり、ポツポツし出したのである。バギーを押して飛んで帰ってきた女は、息せき切って男に叫んだ。
「手伝って~」
今日は洗濯物を一杯干した。布団まで干している。突然雨が降り出し、子供がむずがり、女一人で、庭の洗濯物や二階の布団を取り込むのは無理である。顔見知りになった男に、助けを求めたのである。
男が駆けつけると、手際よく洗濯物を取り込んだ。洗濯物を取り終えたのと、大粒の雨がバラバラ落ちてくるのは同時であった。子供を寝かした女は労をねぎらおうと思った。
「助かったわ・・ありがとう。雨宿りされるでしょ?」
一瞬男は躊躇したが、この雨では仕事にならない。親方も来ないし、女に近付く絶好のチャンスである。
「そうですね・・」勧められるまま、居間のソファに腰を降ろした。
広々としたリビングはダイニングキッチンと繋がっている。建物は年数が経っているのに、内部は新築のように清潔である。部屋も散らかっておらず、子供のいる生活臭がしない。女は冷蔵庫を覗きながら尋ねた。
「コヒー?紅茶?・・それとも」
男が決めかねていると、ビールを取りだした。
「・・これでしょ!」女は悪戯ぽく笑った。
「お水代わりに飲んでいるの・・知ってるんだから!」、「私も汗をかいたことだし・・」
何と昼日中、嵐の中で、二人は酒を飲み始めたのである。好みの男と二人になれて嬉しかったのであろう。火事場の働きで昂揚したのかも知れない。時々キッチンドリンカーだと言う女は、上機嫌であれこれ喋った。
「OLしてたんだけどさ、20代後半になると、会社って女にキツイじゃない。若い子が入社すると、○○チャ~ンと猫撫で声だけど、私らにはオイ!でしょ。若い子に姥桜とか、お局様とか言われてさ、遊びも外されたりするし・・」
「勿論、私たちも温和しくしてないわ。可愛い子を虐めたり、合コンで憂さ晴らしたり、海外リゾートにも良く行ったわ。世の中はバブルだったし、独身貴族を謳歌したのよ。」
「旦那?・・合コンで知り合ったわ。彼は落ち着きたがってたし、私も親との同居が気まずくて、そろそろ家を出ようと思ってたから・・すぐに結婚したわ。」
「結婚?・・出来ちゃった婚よ。親に怒られると思ったけど、怒らなかったわ。それどころか、孫が出来ると大喜びよ。堅いことを言ってながら、急に変わるんだから・・親って良く分からないわ。」
街育ちの女がここへ越して来たのは、親に強く勧められたからだと言う。
「子供に喘息の気があると言われたの・・空気のきれいな所で育てるべきだ、丁度良い空き家があるって、義父母にここを紹介されたの。何のことはない、彼らのセカンドハウスよ。気乗りしなかったけど、良い嫁になりたかったし、子供が心配だったから、移り住んだわ。・・体良く空き家を押しつけられたのよ。」
「ここって、遊ぶところがないでしょ。最初は気が変になりそうだったけど、ショッピングセンターが出来たし、ママ友も出来たし、住めば都よね。子供も私も、すっかり元気になったからね。・・旦那の送り迎えは大変だけど、家賃は要らないし、当分離れる気はないわ。」
「・・それに自然が一杯あるじゃない、空が大きくて、光りや雲でドンドン変わる。雑木林にも色んな木があって、季節によって緑が変わっていくじゃない・・小鳥もやって来るし・・私って、本当は自然派なのよ。」
ほんのり赤らんだ女は、グラスをかざして微笑んだ。
「フフッ・・たまにこんな風に飲めたらサイコーね。」
男は適当に頷きながら聞いていた。下ぶくれの顔、赤い唇、どこかで見たことがある。女がフフッと微笑んだとき、突然、先日の夢を思い出した。
「あの女だ、夢で追いかけた女だ!」
あの時の無念さが蘇り、男の欲望に火が着いた。見つめる目が燃えだし、女に燃え移った。話しが途切れ、男女の緊張が流れた。酒の入った女の胸元が赤く染まっている。
窓を叩く風雨が強くなった。雑木林がざわついて、荒れ海のように揺らぎだした。昂ぶりを鎮めようと、女は席を立った。洗面所に行くと、蛇口をひねって、鏡の前で気持ちを確かめた。
赤くなっているが、酔っている訳ではない。身体が火照り、深奥が疼く。久しくセックスしていない。今日は安全日だ。覚悟を決めて、水を飲もうとした時、背後からグイッと抱きしめられた。
男の両手が乳房を掴み、うなじに唇を押しつけている。興奮した男の息づかい、女の身体から力が抜けていく。男の手が下腹部に伸び、耳元に熱い息を吹きかけた。
「ワンナイトラブだ。いいだろう?」
艶然と微笑んで、女は返した。
「ワンナイトセックスでしょ・・」
了
作品名:栗の木の花の下で・・ワンナイトセックス 作家名:カンノ