栗の木の花の下で・・ワンナイトセックス
はじめに
激しかった驟雨が通り過ぎようとしていた。
窓外に広がる梅雨空を、黒雲が落ち武者のように駆けて行く。雲間から仄かな光りが射している。荒れ海のように波立っていた雑木林が凪ぎつつあった。一頭抜きん出てざわめいていた白い花の大木、房状の花が砕ける波のようであった栗の木が、穏やかになりつつあった。
何度も昇りつめた女が、汗ばんだ裸体をピンクに染めて横たわっている。
外の嵐を遮断した室内は海の底のようで、微かに艶めい(なまめい)た花の匂いがする。横たわる女は、乳白色に光る妖しい人魚である。乱れた黒髪が海草のように絡んでいる。恍惚の境地を彷徨っているのであろう、時折、甘い吐息を洩らす。
交わっているとき、女は咆吼する栗の木のようであった。身体を離そうとすると、しがみついてきた。ア~ッ、忘我のまま昇りつめるのであろう。痙攣する深奥が吸い付く。
男は愉悦する女の耳元で囁い(ささやい)た。
「ワンナイトセックスだろ」
放心した女が、譫言(うわごと)のように呟い(つぶやい)た。
「フォーエバー・・よ」
抱かれるとき、女は「ワンナイトセックスよ」と念押ししたのである。
女の言葉に満足した男は、ゆっくり腰を動かし始めた。横たわる人魚が再び官能の海を泳ぎ出す。白い花房をまとった栗の木が、ザワザワと色めき立った。
一
女は、丘陵を切り開いた雑木林の高台に住んでいた。
移り住んで2年、若葉が匂い立つ季節になると、妙に身体が火照った。何となく気怠く、乳房が張ったり、下腹部が疼いたり、生理の予兆が続く感じなのだ。梅雨に入ってから特に顕著で、身体が熱っぽく、明らかに発情している。
新緑の季節は雑木林の発情期だから、木々は猛烈なフェロモンを放出する。出産で血の巡りの良くなった女は、自然の挑発に敏感になっているのかも知れない。
それにしても、このまったりした青臭い匂いは何だろう。この匂いに包まれると、身体の力が抜けて、家事が手につかなくなるのだ。ボ~としたまま、淫らなことを想像したりする。
それは入り江のように緑濃い雑木林の大きな木、こんもりした樹形に綿帽子のような白い房を垂らした大木から漂ってくる。あれは何の木だろう。あの木がユサユサ揺れると、艶めい(なまめい)た匂いが波のように押し寄せて来るのだ。
先日も、子供の添い寝をしているとき、こんな夢を見たのである。
女は森の娘で、壺のような物(我が子のような気もする)を抱えて走っている。どうやら酋長に、密林の奧の泉から水を汲んで来るよう命じられたようである。
密林は昼なお暗い魑魅魍魎(ちみもうりよう)の世界で、闇の中で獣の目が光り、植物の触手が蠢く(うごめく)。女を追って猿が木立を渡り、鳥類が頭上に舞い、爬虫類が草むらを走る。不思議なことにどんな物音も聞こえない。ただ、壺を抱いている限り安全で、女は壺を後生大事に抱えてひた走った。
やがて、密林のなかにポッカリ空間が見え、そこが清水の湧き出る泉であった。水面は澄み切って青く、天の光りをはじいて眩しい(まぶしい)。女は岸辺に腰を降ろすと、泉を覗き込んだ。顔が清冽な清水に陽炎(かげろう)のように揺れる。手を入れるとヒンヤリと冷たい。汗ばんだ身体を浸したら、どんなに気持ち良いだろう。しかし、泉には身体はおろか、足を付けることも禁じられている。
濡らした手で身体を拭うと、女はおもむろに壺を沈め水を汲んだ。ズッシリ重くなった壺を持ち上げると、何やら可愛い声が聞こえた。何だろうと覗き込むと、壺のなかで小さな白蛇が訴えている。
「壺から出しておくれよ、泉に戻しておくれよ。」
白蛇は目のない子蛇のようで、女は可哀相に思って手を差し伸べた。子蛇は女の手に絡んで懇願する。
「岸辺は嫌だよ、恐いよ、池の中まで連れてってよ~」
子蛇の頼みをもっともだと思い、女は泉に入った。何という滑らかな感触だろう、肌を撫でられる心地良さである。余りの快感に、泉に入るなと言う掟を忘れてしまった。膝の辺りまで入ると、ソッと白蛇を出してやった。
「さあ、池の中よ、ここで自由に生きておいで・・」
目のない子蛇は嬉しそうに泳ぎ出したが、離れようとしない。
「遊ぼうよ」
子犬がじゃれるように、蛇は突っついたり、触ったり、絡んだり、遊びだした。無邪気な仕草にさせるままにしていたが、女がこそばがると調子に乗り出した。女の感じそうなところを、しつこく舐めたり、吸い付いたり、囓ったりする。感じやすい女が怒って払うが、いっこうに止めない。
それどころか、蛇はだんだん大きくなり、太ももをゆっくり這い上がって来る。大きくなった蛇を解こうにも女の力は及ばない。ますますきつく女を締め上げる。どうも、大蛇は女の局所を狙っているようだ。恐怖と快感でパニックになる女、赤い舌をチョロチョロさせるのっぺらぼうの大蛇。赤い舌が深奥に達したとき、パニックは悦びに変わった。ア~ッ、思わず女が喜悦を洩らしたとき、大事な壺が転がり落ちた。
「ガシャン!」
しまった!と目覚めたが、身体が痺れたようで動けない。見ると、子供が眠りながら乳房を吸っている。良かった、助かったと思ったが、露骨な夢を見たものである。局所が濡れ、深奥が疼いている。もしかして、逝ったのかも知れない。火照った身体で、しばらく呆然としていた。
思えばこの頃、ほとんど交わっていない。旦那は元々草食系であったが、転居してひどくなった。係長に昇進したし、業績が上がらないし、通勤に時間がかかるし、疲れているのだろう。それに比べて、女は仕事を辞めたし、家事は楽だし、子供はスクスクだし、順調そのもの、元気そのものである。元気過ぎて、こんなエッチな夢を見るのだろうか。
それにしても、と女は思った。この頃、自分でも驚くほど感じやすくなった。昔と違って、入口より奥の方で感じる。しかも、感じ方が今までとレベルが違う。子宮を突かれると、溶けるというか、蕩ける(とろける)というか、大袈裟に言えば、宇宙に溶けて愉悦の海原を漂う感じなのだ。
蛇の夢を見たが、あれは男の象徴ではなく、女の深奥でとぐろ巻き、男を待ちかまえる女の性ではないだろうか。
起き上がると、雑木林でツルハシを振るう男が見えた。黒光りする身体、規則的なツルハシの動き、躍動する筋肉、荒々しい息づかいが聞こえて来そうである。
「一体、何の工事をしているのかしら?」
女は作業する男に興味を持った。散歩がてらに男の所に行ってみようと思った。
二
男が雑木林で作業したのは、親方が公園整備を請け負ったからである。
雑木林を公園風に整備する仕事で、遊歩道にしろ、溝にしろ、柵にしろ、林の中は機械が入らず、人手頼りのきつい仕事であった。
しかし、男は林の中の仕事が好きだった。梅雨時で蒸し暑かったが、雑木林を抜ける風が爽やかである。木洩れ日の若葉が清々しい(すがすがしい)し、緑に染まった空気が冷たくて美味しい。
激しかった驟雨が通り過ぎようとしていた。
窓外に広がる梅雨空を、黒雲が落ち武者のように駆けて行く。雲間から仄かな光りが射している。荒れ海のように波立っていた雑木林が凪ぎつつあった。一頭抜きん出てざわめいていた白い花の大木、房状の花が砕ける波のようであった栗の木が、穏やかになりつつあった。
何度も昇りつめた女が、汗ばんだ裸体をピンクに染めて横たわっている。
外の嵐を遮断した室内は海の底のようで、微かに艶めい(なまめい)た花の匂いがする。横たわる女は、乳白色に光る妖しい人魚である。乱れた黒髪が海草のように絡んでいる。恍惚の境地を彷徨っているのであろう、時折、甘い吐息を洩らす。
交わっているとき、女は咆吼する栗の木のようであった。身体を離そうとすると、しがみついてきた。ア~ッ、忘我のまま昇りつめるのであろう。痙攣する深奥が吸い付く。
男は愉悦する女の耳元で囁い(ささやい)た。
「ワンナイトセックスだろ」
放心した女が、譫言(うわごと)のように呟い(つぶやい)た。
「フォーエバー・・よ」
抱かれるとき、女は「ワンナイトセックスよ」と念押ししたのである。
女の言葉に満足した男は、ゆっくり腰を動かし始めた。横たわる人魚が再び官能の海を泳ぎ出す。白い花房をまとった栗の木が、ザワザワと色めき立った。
一
女は、丘陵を切り開いた雑木林の高台に住んでいた。
移り住んで2年、若葉が匂い立つ季節になると、妙に身体が火照った。何となく気怠く、乳房が張ったり、下腹部が疼いたり、生理の予兆が続く感じなのだ。梅雨に入ってから特に顕著で、身体が熱っぽく、明らかに発情している。
新緑の季節は雑木林の発情期だから、木々は猛烈なフェロモンを放出する。出産で血の巡りの良くなった女は、自然の挑発に敏感になっているのかも知れない。
それにしても、このまったりした青臭い匂いは何だろう。この匂いに包まれると、身体の力が抜けて、家事が手につかなくなるのだ。ボ~としたまま、淫らなことを想像したりする。
それは入り江のように緑濃い雑木林の大きな木、こんもりした樹形に綿帽子のような白い房を垂らした大木から漂ってくる。あれは何の木だろう。あの木がユサユサ揺れると、艶めい(なまめい)た匂いが波のように押し寄せて来るのだ。
先日も、子供の添い寝をしているとき、こんな夢を見たのである。
女は森の娘で、壺のような物(我が子のような気もする)を抱えて走っている。どうやら酋長に、密林の奧の泉から水を汲んで来るよう命じられたようである。
密林は昼なお暗い魑魅魍魎(ちみもうりよう)の世界で、闇の中で獣の目が光り、植物の触手が蠢く(うごめく)。女を追って猿が木立を渡り、鳥類が頭上に舞い、爬虫類が草むらを走る。不思議なことにどんな物音も聞こえない。ただ、壺を抱いている限り安全で、女は壺を後生大事に抱えてひた走った。
やがて、密林のなかにポッカリ空間が見え、そこが清水の湧き出る泉であった。水面は澄み切って青く、天の光りをはじいて眩しい(まぶしい)。女は岸辺に腰を降ろすと、泉を覗き込んだ。顔が清冽な清水に陽炎(かげろう)のように揺れる。手を入れるとヒンヤリと冷たい。汗ばんだ身体を浸したら、どんなに気持ち良いだろう。しかし、泉には身体はおろか、足を付けることも禁じられている。
濡らした手で身体を拭うと、女はおもむろに壺を沈め水を汲んだ。ズッシリ重くなった壺を持ち上げると、何やら可愛い声が聞こえた。何だろうと覗き込むと、壺のなかで小さな白蛇が訴えている。
「壺から出しておくれよ、泉に戻しておくれよ。」
白蛇は目のない子蛇のようで、女は可哀相に思って手を差し伸べた。子蛇は女の手に絡んで懇願する。
「岸辺は嫌だよ、恐いよ、池の中まで連れてってよ~」
子蛇の頼みをもっともだと思い、女は泉に入った。何という滑らかな感触だろう、肌を撫でられる心地良さである。余りの快感に、泉に入るなと言う掟を忘れてしまった。膝の辺りまで入ると、ソッと白蛇を出してやった。
「さあ、池の中よ、ここで自由に生きておいで・・」
目のない子蛇は嬉しそうに泳ぎ出したが、離れようとしない。
「遊ぼうよ」
子犬がじゃれるように、蛇は突っついたり、触ったり、絡んだり、遊びだした。無邪気な仕草にさせるままにしていたが、女がこそばがると調子に乗り出した。女の感じそうなところを、しつこく舐めたり、吸い付いたり、囓ったりする。感じやすい女が怒って払うが、いっこうに止めない。
それどころか、蛇はだんだん大きくなり、太ももをゆっくり這い上がって来る。大きくなった蛇を解こうにも女の力は及ばない。ますますきつく女を締め上げる。どうも、大蛇は女の局所を狙っているようだ。恐怖と快感でパニックになる女、赤い舌をチョロチョロさせるのっぺらぼうの大蛇。赤い舌が深奥に達したとき、パニックは悦びに変わった。ア~ッ、思わず女が喜悦を洩らしたとき、大事な壺が転がり落ちた。
「ガシャン!」
しまった!と目覚めたが、身体が痺れたようで動けない。見ると、子供が眠りながら乳房を吸っている。良かった、助かったと思ったが、露骨な夢を見たものである。局所が濡れ、深奥が疼いている。もしかして、逝ったのかも知れない。火照った身体で、しばらく呆然としていた。
思えばこの頃、ほとんど交わっていない。旦那は元々草食系であったが、転居してひどくなった。係長に昇進したし、業績が上がらないし、通勤に時間がかかるし、疲れているのだろう。それに比べて、女は仕事を辞めたし、家事は楽だし、子供はスクスクだし、順調そのもの、元気そのものである。元気過ぎて、こんなエッチな夢を見るのだろうか。
それにしても、と女は思った。この頃、自分でも驚くほど感じやすくなった。昔と違って、入口より奥の方で感じる。しかも、感じ方が今までとレベルが違う。子宮を突かれると、溶けるというか、蕩ける(とろける)というか、大袈裟に言えば、宇宙に溶けて愉悦の海原を漂う感じなのだ。
蛇の夢を見たが、あれは男の象徴ではなく、女の深奥でとぐろ巻き、男を待ちかまえる女の性ではないだろうか。
起き上がると、雑木林でツルハシを振るう男が見えた。黒光りする身体、規則的なツルハシの動き、躍動する筋肉、荒々しい息づかいが聞こえて来そうである。
「一体、何の工事をしているのかしら?」
女は作業する男に興味を持った。散歩がてらに男の所に行ってみようと思った。
二
男が雑木林で作業したのは、親方が公園整備を請け負ったからである。
雑木林を公園風に整備する仕事で、遊歩道にしろ、溝にしろ、柵にしろ、林の中は機械が入らず、人手頼りのきつい仕事であった。
しかし、男は林の中の仕事が好きだった。梅雨時で蒸し暑かったが、雑木林を抜ける風が爽やかである。木洩れ日の若葉が清々しい(すがすがしい)し、緑に染まった空気が冷たくて美味しい。
作品名:栗の木の花の下で・・ワンナイトセックス 作家名:カンノ