S,M,A
「っと、やっと俺ね。俺は森悠基。西村と同じ高1ながらも最初からこの12組にいる。まあ、五十嵐と同期ってことだな。ついでに高木先輩は入学時からこの12組にいるベテランさんだ。それと口数少ないわけはさ……」
「森」
間髪入れずに大谷先生は森を抑えた。
「あ、すみませんね」
森は少しだけ申し訳なさそうに頭をかいて、椅子に座った。大谷先生は少し咳払いをし、
「まあ、みんなこんな感じで個性に溢れすぎてる人たちだけど、基本はいいやつだからよろしく頼む」
「…本当にそう思う?」
森が俺に振り返って周りにも聞こえる声でしゃべった。
「おい、森」
大谷先生はまたまた森を抑えた。
「はたまた、すんません」
森は森でさっきよりてきとうな返事をした。
「……まあいい。それじゃあ、早速さっき話した夏休みに12組がやることだけど、みんな知ってのとおり我ら12組は学校の行事などに一切参加していない」
――12組は学校行事不参加。これには何かと黒い話がつきものらしい。……まあ、だいたいのことは予想ついてるけどね。
それはきっと”していない”じゃなくて”できない”だろう。学校に入りたての頃、俺たちは幻のクラス、12組の噂話でにぎわった。
世間には心に傷を持った少年少女を癒す特別なクラスとして名乗っていたが、その存在は簡単には確認できないものであり、新入生たちの間では、将来有望な権力者の子供たちが集められているなど、少年院に凶悪犯罪で捕まって出所した奴らがいるなど。12組は多言語を日常的に話す経済界の重鎮の跡取りクラスだ。などなど、様々な憶測が飛び交った。
けれど、部活見学が始まったりなどで、先輩などと関係を持つようになった者達が現れるとそのベールはあっという間に剥がれた。 といっても、それは的を得てるようでありながらも残酷だった。
――12組は頭がヤバイ奴らの集まり。
まあ、正解だ。
「その代わり、何かしら12組だけの特別行事がしたいと学校側に申し出たところ、授業の一環ということで取り合ってもらえました。特別道徳活動。即ち、Special,Morality,Activity.通称、S,M,Aです。ところで、このS,M,A何をするかというと…」
先生は少しもったいぶって皆を見回した。
「何だろうね?」
五十嵐がこっちを向き、微笑みながら聞いた。
「さあ」
てきとうに返す。
「早くしてくださいよ。もう」
森は浮き足立つ心みたいだ。
「劇だ」
「…は?」
「劇です」
「よりによって劇なんですか?」
「そうです。劇です」
森と夏目が聞いた。先生は自信満々な顔つきで堂々と答えた。
「もっとも、これは授業ですので当然、目標があります。それは君たち各々に決まってます。というわけで、その目的と役職は既に先生のほうで頭を捻って考えました。というわけで席順にこの紙を取りにきてください。ここに書いてありますんで」
前から順番に引いていって、最後に俺が紙を受け取る。
『西村昇。自己否定と自己嫌悪の解消、自己表現による自己主張と自己肯定を促すため主役を任ずる』
……え?
俺は先生を見る。先生は何食わぬ顔をしている。そして、俺はまた紙を見る。次にまた先生を見る。
「何で俺が主役なんですか?」
思わず聞いてしまう。
「ほらほら、理由ならここに書いてあるだろうにさ」
森が俺に声をかけながら、自分の紙を見せてきた。そして、理由となる部分を指で指し示した。
「森悠基。何かに属することによって、自らの立場と役割を理解するため脇役Bとする。なお、脇役Bは脇役Aより弱いのでそこを踏まえること。だってさ」
何かがおかしかったのか森は声を出して笑った。
「笑っちゃうよな.俺らみたいなのが劇だなんてな。そーいえば、脇役Aさんは誰なの? でっちかな?」
でっちと呼ばれたのは五十嵐だった。五十嵐楓、楓、かえで、で、……でっち? なのか?
「えっと……、ヒロインだった」
「マジで? ヒロインはみっちゃんかと思ったよ」
みっちゃんという言葉を聞いて、石田がびくっと震えた。ああ、美希だからみっちゃんなのか。
「はいはい。森。みんなの詮索はそこまでにしときなさい」
「でも、先生。劇はみんなでやるんだからさ。今聞いても変わりないじゃん。ね」
「なんでその役職に付いたか隠したい人もいるだろう。ほら、夏目なんて警戒してるじゃないか」
「ええ、こんなの他人には見られたくないですからね。見せないようにするのが当然じゃないですか」
言われてみれば、今の夏目の言葉で気づいたけど、俺は自己否定と自己嫌悪っていうマイナスを簡単に肯定していたんだ。
……それが分相応だって疑わずに受け止めていたんだ。
「というわけです。森、いいかな? あー、でも申し訳ないが脚本担当の高木さんの紙には君たちそれぞれが持ってる紙の内容がそのまま載ってます。彼女には脚本を書いてもらいますので」
その言葉を聞いた夏目が驚くほど早く立ち上がり、先生に反論を始めた。
「なんでこんな恥ずかしい内容を、よりによって高木に晒すんですか? 僕はそんなの勘弁ですよ。何を考えてるか分からないじゃないですか。第一、僕はこんなの嫌です。あと、どうせ劇をやるんでしたら適材適所に人材を配置すべきです。高木なんかに脚本が書けるんですか? 絵ならまだしもね。もっとスマートにしましょうよ」
夏目の言葉は落ち着いていた。けれど、そこにはエゴが見え隠れしているのが俺にも分かった。いや、もっと強く言えば夏目は自分のことしか考えてない。現に彼は高木のことなんか意にも介していない口調だ。俺らの考えも気にしてなんかいない。俺の考えなんかは確かにいらないかもしれないけれども。
「なあ、夏目。クラスメイトなんだし、先生も役職についてはこうやって深く考えて決めてくれたわけだし、他のみんなはそんなに否定的じゃないかもしれないだろ。高木に任せてみないか?」
「なんだ。西村。もう先輩を呼び捨てにできるほど偉くなったのかな。たいしたもんだよ。君は口が思ったより達者じゃないのを知るために主役に抜擢されたのかな?」
「その台詞はまるで脇役だな」
すかさず言い返す俺。一瞬、夏目が歯を食いしばった。そして、すかさずにらんできた。
「おい。鼻に付く言葉を僕にかけるなよ」
「これは図星みたいだな、ごめんな。夏目」
「おい!」
単純な男だ。こうやって少しだけ挑発するだけでこんなにも冷静さを失う。それほど、自分という存在がお気に入りなんだろう。
羨ましいほどに。あと、もう少しいじくれば、こいつは新入りの俺を殴るという失態を犯すことになる。
思わず、笑みがこぼれちまいそうだ。
「やめて!」
叫んだのは五十嵐だった。
「なんだよ五十嵐。お前はガキに大口叩かれても平気なのかい?」
「おや、夏目はもしや高校受験で浪人に浪人を重ねらしたご老体なのかな」
「この…!」
さあ、殴れよ!
俺は目で挑発する。ああ、いきなり壊れるのだな。こうやって俺の世界は・・・。
直後、俺は意外な人物に殴られた。
殴った人は、五十嵐楓だった。
「こ、こんなことしちゃ……ッ」