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S,M,A

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「俺はね、屑だよ。最低の人間だよ。小さい頃から誰かを傷つけて生きてきた。そうしないと自分を保てないから。だからこそ、俺は楽しむことをしていけない。で、今の今まで俺は陰日なたに埋もれて生きてたんだよ。でもね、そんな俺でも時には思いっきり楽しみたいときがあるんだよ。分かるかな?」
 口角が吊りあがる。そう、卑屈な笑いがこみ上げてくる。ああ、なんと爽快な気分なんだ。!
 体の至るところから汗が湧き出てくるが、全く気にならなかった。彼女のおびえる瞳さえも。なぜなら、それを圧倒的に越える快楽が、今、目の前にあるからだ。
「何が一番気持ちいいかってね? 分かるかい? それは単純だよ。誰かを俺と同等にまで堕とせばいいだけだからね。へ! へ! 自分が大嫌いで、自分が認められなくて、苦しいんだよ! いつも、いつも、いつもいつも! 自分に苦しめれるんだ! ……俺はそのきっかけを与えてやればいいんだ。……、そう、それを君に与えたいんだよ……」
 表情を変えるだけに留まっていた喜びは、遂には音となって俺から漏れ出した。漏れ出したものは堪える必要はない。既に堪えることに失敗したんだから。
 ――失敗。
 ――ああ、また駄目だったか。
「あぁっはっはっはっはっはー――!!」
 徒労。無駄。無力?
 そうだ、無力だ。
 俺は無力だ。抑えようとしても自分を抑えられない。
 無駄な努力をしてきた。
 ―――徒労な日々。だからこそ、もう堪えられない。この俺の全てを彼女にぶつけよう。彼女に俺と同じ、逃げ場のない辱めを。
 俺と同じ苦しみを、俺と同じ苦悶を、俺と同じ悩みを、俺と同じ日常を。
 聞こえる。俺の笑い声が。気持ちいい。こんなにも笑ったのはいつぶりだろうか?
 自分を認めることは快感だ。誰にも自分という存在を、尊厳を、イデオロギーを否定させない。なんて気持ちいいんだ。いつも自分を否定していた自分にさえ認められる。……嗚呼、今、俺は生きている。
 脈々と確実にこの黒い意志は俺を飲み込んでいく。
 彼女を傷つける。既に自分を放棄した俺は彼女にさえそれを迫ろうとしている。
 こんな汚れた心を? こんな醜い心を? こんな劣悪で卑怯な自分を? そして、 それを彼女の信じた俺に与えられる?
 駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ!!
 刹那、彼女の瞳が優しい輪郭を描いた。
 その感情は―――
「ねえ、どうして泣いてるの?」
 ―――俺には与えられたことのない、ぬくもりを持っていた。



 高校一年生の6月、いつも通りのある日、俺、西村昇は暴力事件を起こした。
 前々からいじめられていた俺は、ある男の些細な一言によって爆発した。俺を馬鹿にするたび顔を歪めていた男は、遂には常に歪んだ顔になった。
 謹慎処分が学校側から下された。その間に、俺と両親は何度も相手の両親に罵倒された。両親は何度も頭を下げて、謝罪の言葉を口にしてくれた。こんな俺のために。俺は俺で俺なりにとても頭を下げた。なんであんなことをしたのか今でも不思議で仕方なかった。両親は俺のために金をいくら失ったのだろうか? 俺のせいでどれほどの名誉を失ったのだろうか?
 思うたびに苦いものがこみ上げる。
 少年院に入れられることも覚悟していたが、それはなかった。
 俺がいじめられていたことを証明してくれた人物がいたからだ。その人は大谷って名前の先生だった。12組って特別なクラスの担任をしていて前から俺に目をかけていたらしい。そのおかげか、俺のいじめの証拠を押さえてくれていた。
 少年院を免れた俺が代わりに行った場所は、精神科医だった。
 今まで医者には何度か行ったことがあったが、そこは何かが違っていた。
 医者の待合室は普通、無菌的であり、事務的な白さに包まれている。しかし、そこは違っていた。まるで、どこかの会社の待合室みたいに小奇麗で、なるべく神経に障らないように工夫されているのが見て取れた。
 それが、逆に俺には腹立だしかった。が、そんな俺の考えなんてどうでもいい。
 カウンセリングは小一時間ほどかかった。さらに結果が出るまでに一週間かかった 。
 結果の紙は両親が受け取って、俺には見せてくれなかった。そういう反応をするということは何か悪かったのだろう。もっとも、それは分かっていたことだけど。
 しばらくすると学校から手紙が来た。最初は謹慎処分から退学処分にでも格上げになったかと思ったが、そうではなかった。
――西村昇、貴方は人間性に強い欠落が確認されたので12組に異動します。
 こうして、俺、西村昇は少年院という犯罪者の証の代わりに、12組という異常者の証をもらった。
 そして、今、7月中旬、俺は転入生ということで12組の一員になった。



「はじめまして、元3組から移ってきた西村昇です。よろしくお願いします」
 教壇の上に立ち、事務的な感じに自己紹介と挨拶をする。自分でも何かしら工夫を加えたほうがいいとは思ってはいるものの全く思い浮かばないので、仕方ない。
「それじゃ、みんな。今日から西村君と仲良く頼むよ」
 大谷先生は俺とは対照的に表情豊かだった。
 クラスは縦3列、横2列に机が配置されていて俺を含めて6人しかいない。また、クラスとは言われてもここは特別なクラスであって1年生から3年生がいる。……らしい。
「それじゃ、西村君はそこの一番最後の席に座ってくれ」
 俺はのそのそと歩き出して、席につく。一息つく間もなく隣に座っていた女子が声をかけてきた。
「よろしくね。隣なんだから気にせずなんでも聞いてね」
「うん……。……あ、よろしく」
「さて、それじゃあテストも終わって、今学期はもうやることはない。が、しかし、我ら12組は今年の夏休みより新たな試みをします。……と、それは後々説明するとして今は転入生がいるので、軽く全員の自己紹介の時間でもとりましょう。まあ、席順でいいね」
 大谷先生は、頼む、と一言言うと、先頭に座っていた女子が立ち上がった。
「…高木恵子です。3年です」
 そして、座った。呆気にとられてると次の男子が立ち上がった。
「夏目秋彦。去年の冬の定期診断に引っかかった。2年だ」
 これまた簡潔に終わった。次に立ち上がったのは俺の隣の女子。
「五十嵐楓です。分からないこととかあったら気にせず聞いてね。趣味は読書と散歩で……。のんびりとしてます。得意教科は世界史で、苦手なのは家庭科でそれから……、あ、ごめんなさい。次どうぞ。あ……、1年です。同じだね」
 長くなるかと思って視線を向けたその時、五十嵐楓は何故か自己紹介をやめた。これもまた意外な感じがした。
 彼女が最後に見せた笑顔はぎこちなかった。
「長くなるかと思ったらすぐに終わったじゃん」
 俺の前の席の男がおもむろにつぶやいた。
「あ、いや、気にしないでくれ。俺はこうだからさ」
 俺のいる方向、つまりは後ろを向いた男は軽く会釈をすると、また前に向きなおした。
 次の席の生徒の自己紹介が始まった。
「……石田美希です。よろしくお願いします。夏目君と同期です」
作品名:S,M,A 作家名:よっち