緋色の追憶≪序章≫
ユウコ
馬車は森へ入った。
小鳥のさえずりがこだまし、木漏れ日がスカートの上にまだらのかげを落とす。
家を出てから何時間たっただろうか。目の前にいる年増の女はつんとあごを突き出したまま、身じろぎひとつせず座っている。その威圧感は馬車に乗ってから、いや、迎えに来たといって、自分を馬車へ誘ったときから感じていた。
話しかける雰囲気などなく、鋭いまなざしに射すくめられ、ただじっと座っているばかりで、あくびをかみ殺すのが精一杯だった。
けれど、森に入ったという少しの変化が、自分の気持ちを和らげてくれたようだった。風に乗ってくる緑の匂いや葉擦れの音が、緊張をいくらかほぐしてくれたのだ。
窓の外に目を移す。飛び込んできた鮮やかな緑がまぶしくて思わず目を閉じる。
「もうすぐですよ」
そのことばにはっとして目を開けた。年増の女が言ったのだ。
きょとんとして顔を見る。
「もうすぐつきます」
女は抑揚のない、いくぶん低めの声でまたそう告げた。
「はい」
小さく、つぶやくように答えながら頷いた。
森は更に深くなり、あたりは昼だというのに薄暗くなった。
そのとき馬車が止まった。
「おかえりなさいませ」
しゃがれた声が外から聞こえた。おそらく門番なのだろう。
ギギギィ
重そうな鉄の門が開く。
馬車は再び動き出し、門の中へ入った。