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「舞台裏の仲間たち」 1~3

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 これは「つう」が悲しみにくれる場面のひとつですが、
このシーン一つとっても、この長さです。
こんな長いセリフが「つう」には、いたるところで出てきます。

 相応の演技力が求められましたが、
これだけ膨大な量のセリフを覚えきるのも、またひと苦労です。
しかし、時絵はこの「つう」を、もっとも得意としていました。

 その図抜けた演技力は早くから注目をされ、
県下の高校演劇界においては、10年に一度の逸材として
高く評価をされました。
その時絵が、2年ぶりに
アマチュア劇団の舞台に立つという前評判だけで、
300席を予定した会場は、立ち見席まで出るほどの
大盛況になりました。

 2年余りにわたった劇団の活動期間のうちで、
6回とも木下作品が上演されましたが、
そのうち、3度にわたってこの「夕鶴」が再演されました。


 それほど時絵の演技力は群を抜いていました。

 再演をするたびに「つう」の独白の場面は、
優美さ加え、痛々しさと共にひとつひとつの仕草さえ
情感豊かに、見事に研ぎ澄まされていきました。
時絵はもともと色白で、細面です。

 柔らかく物憂い感じのその身のこなしぶりは、
すらりとした時絵の容姿と相まって
すでに劇中の「つう」そのものが垣間見えました。

 長い黒髪に、純白の衣装をまとい、
真っ暗になった舞台の真ん中で、スポットライトの下へ、
時絵が立っただけで、すでに「つう」そのものが、誕生をしました。
人の欲に目覚めて、変っていく与ひょう」の生き方を
心から嘆き悲しむ場面では、その濡れた赤い唇から発せられるひとこと、
ひとことが、観客たちの心の中へひたひたと浸み込んで、
心臓までもわし掴みにしてしまいました。

 時絵の存在自体が、
このアマチュア劇団のすべてでした。
また、人一倍の文学青年でかつロマンチストを自任する座長が、
この時絵に、心底惚れ込むまでにはそれほどの
時間はかからなかったようです。

 しかし、思いがけないことが
突然に発生をしました。

 6度目の公演を終えた直後のことでした。
3度目の「つう」を見事に演じ終えた時絵が、これを最後に、
嫁に行くと言い出しました。
前触れなしの、降ってわいた結婚話でした。

 つむじ風が去るように時絵が消たあと、
灯の消えた劇団は、その後半年ほどを無為のまま休眠をしました。

「アングラ演劇の予定が、
 木下順二の民話に翻弄されていたのでは、
 もはや存在の意義も無い。
 悪いが、10年ほど休むことにする。
 10年たったらまた会おう。」

 茜の姉、ちずるとこれもまた、
突然結婚を決めてしまった座長から
そう宣言された劇団は、解散に近い長期の休止になりました。
やがて、時絵と同じように、
座長もまた、ちずると共に桐生の地を去ってしまいました。

 それから約束通りの10年が過ぎて、
再会の場が、12月31日と決まりました。
「2年越しでやろうぜ。」と案内状には有りました。
座長さん、本気でしょうか・・・


(4)へつづく