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凶作

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ある農家は台所で珈琲を飲みながら顔をしかめたり、ため息をついたり、暫く静止したりしていた。
最近どうも土地や野菜との中が悪いのだ。
あいつらはデリケートだと主張して色々求めてくる。農薬なんか使うな、水はカルキを抜けとかたまには天然水だよなとかそのくせ虫が来てもアンパンマンみたいに優しくする。
昔はよかった、と男は思った。あいつらは人間みたいに自我を持つことはなかった。鍬でめちゃくちゃに叩こうが土地は文句なんて言わなかった。苛ついた時に土を蹴り飛ばしても何も起こりはしなかった。野菜だって農薬をかけたところで何を言っただろうか。
しかし今は違うのだ。野菜や土地との関係が良好でないと一年の気候がどんな良かったって豊作とはいかない。しかも種を植えることを誓わずには実を渡してはくれないのだ。
そういうことで農家はやれやれとため息をつき、珈琲を飲んで顔をしかめたり暫く静止したりしている。しかし仕事をせねばならない。珈琲を空にすると立ち上がり片付けをして畑に出掛けた。
「やい、遅いじゃねえか」
 まず土地が吠えた。土地には目も口もない。ただどうやってか声を出すことができる。
「ああ、すまなかったな。水をやろう」
 男はホースを手に取った。やれやれと男は疲弊している。
「おい、待てよ。今日は天然水だよな?お待ちかねだよな?」
 今度はなすが吠えた。なすにも目や口がない。しかしどうやってか声を出すことができる。
「悪かった、忘れていたよ。取りに戻ってくる、急いでな」
男はホースを投げた。そして踵を返した。
「ちょっと待てよ。そこ敏感なんだよホースだって可哀想だろ?
 男はホースも自我をもったらどうしようと思った。そんなことになったらさらに疲れ疲弊するだろう。
 「ああ、ああ、本当だな。悪かった」
 男は怒鳴ってやりたかった。だいたい、土に敏感も何もあるものか。神経などありはしない。しかし怒鳴ってはならないのだ。
 「悪かった?悪かっただって?もうちょっとレパートリーを増やせよ。ごめんとかさあるだろ?このままじゃあ、オーウェルの1984年だよ。やめてくれよ」
 男はもう少しでかんしゃくを起こすところだった。なすがオーウェルを使ってまで細かく言ってくるとは、全く、神経を逆撫でされてたまらない。
 男は隣の畑を見た。あそこの畑は羨ましい。こいつらなんかと違って謙虚で静かでずっと落ち着いているのだから。
 そしてとにもかくにも男は天然水を取りに戻った。そしてすぐ畑に直行した。
 「はやくしてくれよ。今年は生きるのに精一杯になっちまう、俺はいやだよ、先祖に顔向けできなくなっちまう」
 男は二ℓの天然水をジョーロに移し丁寧にまいた。葉に当たらないようできるだけ根元へ。
 「おお、生き返るみたいだ。やっぱ天然水だな、な?」
 ナスはトマトに同意を求めた。しかしそっぽを向いているのか聞こえていないのか黙っている。寝ているのかもしれない。
 「おい、三日目だぞ。にらめっこなんか四日前に終わったんだ。確かにあの時は・・・・・・あ?なんだ、覚えてないな・・・・・・」
 トマトは黙ったままだ。なすも黙り始めた。どうせすぐ話し始めるだろうが。にらめっこなど笑わせると、男は心の中でせせら笑った。
 「おれさあ。覚えてんだよね。・・・・・・知ってんだよね!」
男は声を段々でかくしていく、きゅうりに耳をふさいだ。突然話し出せばこれだ。男はこのクレッシェンド野郎と心の中でののしるほか無かった。
 「あ?あ、なんだよ?」
 「そうそう、四日前のことだった。にらめっこが・・・・・・」
 段々声が小さくなっていく。
 「・・・・・・俺たちににらめっこができるかよ!顔なんてねえ!まぶたなんてねえ!!」
 男はあまりのひどさに小さくうなりまた耳をふさいだ。最悪だ、きゅうりのテンションはいかれている。困ったことだ。
 「ん?いや、した・・・してない・・・・・・?ちっ、トマト答えろ」 トマトは答えない。
 「答えろって、後生だ、お願いだ!」
 男は水をまき終わりジョーロを片付けた。男は家に戻ろうとした。
 「待て、待て待て」
 男は立ち止まった。つかの間静止し振り返ると微笑を浮かべた。
 「どんな顔してるかしらねえけどな、ニコニコしてると痛い目見るぞ!」
 なすはどうしたのか敵意をこっちに向けている。男は笑みを失った。
 「俺、レタスだけど?」
 男はため息をついた。面倒なのがまた増えた。これ以上会話に加わらないでほしいものだ。
 「あんたさあ、俺の主みたいな奴?」
 「そうだよ」
 レタスの口調はちょっと鼻にかけているようで、上調子でやはりいらつくものだった。
 「ちょっとさあ、そこのトマトどうにかしてくんない?沈黙とか無理だけど?」
 男はお前の話し方の方が無理だと思ったが、
 「どうしろって?」
 「このトマトの隣気まずいんでこいつどけてよ」
 「無理だなそれは・・・」
 「じゃあ今年のレタス無理だけど?」
 男は舌打ちを心の中で再現した。クオリティーは実際にやるよりも悪かった。何しろリアリティーにかけている。
 「そいつは困る」
 「じゃあどけてくれよ」
 「おれ頑張るぜ」
 ナスが突然割って入ってきた。男は最初味方してくれるものかと思っていたが、
 「こいつの口を割るんだ」
 ただの意思表明だった。しかし口を割らせればレタスも黙って、方策w約束してくれるだろう。
 「トマトよ、トマト。世界一おいしい野菜はトマトだよ」
 なすが調子はずれの裏声を出した。トマトは黙っている。
 「いや、きゅうりだよ・・・・・・きゅりだよ!」
 「きゅうり、やめ・・・・・・・」
 「いい加減にしやがれこの騒音野郎が!」
 男はなすを遮ってついに怒りだしてしまった。我も忘れた怒りっぷりだ。
 「・・・・・・」なすは絶句した
 「・・・・・・」きゅうりも絶句した
 男はまだ我を取り戻せていない。
 「こっちがへりくだってりゃべりべりばりぼりうるせーんだよ!別にいいじゃねえかよ!トマトがしゃべろうが、しゃべらまいがたいした話じゃねえ」
 「その擬音語は・・・・・・筒井康隆のだろ」
 きゅうりは性懲りも無かった。前半は小さくささやくように後半は張り上げた。
 「ああ?わかってんのか、何が康隆だ野菜ごときが文学なんかいらねえだろ!」 「は。は?はあ?野菜ごときとか何なの?」
 レタスは憤慨した。ついでに
 「んだと?お前なんかよりよっぽど俺の方が文学をわかってるぜ、な?」
 なすの木が叫び、トマトは黙殺した。
 「だったらどうした?お前らはその減らず口をしまいやがれ。じゃないとみずなんかやらん」
 「は?口とか無いけど?」
 レタスは鼻にかかった上調子の神経を逆なでする声を上げた。男は土を蹴飛ばした。野菜を粉砕してやりたかったが、凶作を避けたいためこらえた。しかし凶作を避けるには冷静さを欠いている。
 「いてえよ!ふざけんな」
 土地が猛りだした。
 「やい、主め!ちっと俺たちがぽかんとしてりゃあのこのこと切れやがって」
 なすは怒号した。
 「俺たちは好きでお前に種うえしてもらったんじゃないぞ!」
作品名:凶作 作家名:東雲大地