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娘と

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市民プールばかりじゃつまらないと娘が言うので、流れるプールやウォータースライダーのあるレインボープールという所に行くために乗った電車の中。
「お母さんどうして一緒にこなかったのかなあ」
小学三年生の娘が、少しも残念そうに見えない口調で言った。
オレは、昨晩妻が念のためにと言って着てみた水着姿を思い出した。「まさか!」と自分で驚くほど妻は肥えていたのだった。自分の体型に対する無邪気ともいえる楽観主義の性格が災いしたともいえるが、当然の結果でもあった。

「ああ、どうしても見たいテレビ放送があるんだって」と、私はウソをついた。何しろおしゃべりな娘に事実を話してしまったら、明日には同じ団地に住んでいる明菜ちゃんや若葉ちゃんに話すだろうし、そして彼女らがそれぞれのお母さんに話してしまったら、あっという間に(肥満でドタキャン事件)は団地中に知れ渡ってしまうだろう。

オレの頭にはまだ妻の水着姿が残っていて、「まるでボンレスハムだわ」と自嘲気味に言った言葉もよみがえってきた。オレは(脂肪の多さからロースハムじゃないか)と思ったが、口には出さなかった。季節的にもお中元の頃ではある。

しばらくぶりのプール。あまり気乗りのしなかったこの計画であるが、理由は簡単だ。泳げないのだった。それでも娘と二人だけで来る気になったのは、チラシにあった水着姿の女の子たちの姿だ。

水着姿になって、混み合っている流れるプールに向かう娘の側を一応父親ですという顔をして歩く。プールサイドで寝そべっている若い娘のビキニ姿に目を奪われる。
「お父さん、どこ行くの!」
いけない、娘はオレの視線の行方に気付いただろうか? 
「あっ、そっちか」
オレは娘のあとを付いて歩き、何のためにここに来たのかと少しだけ反省して、流れるプールの中に入った。結構冷たく思えたがすぐに慣れた。

娘が半分泳ぎながら流されて行くのを見ていたが、それもつまらない。いずれ戻ってくるだろうとプールサイドで腰を下ろした。まるで男女自動選別機能が付いたようなオレの目は、カラフルな露出部分の多い水着姿の女性達に目がゆく。

時々はっと気付いて娘の姿を探してみるが、この点に関しては自動選別機能が低下しているようで見つからなかった。立ち上がったほうが娘から見つけやすいかなと思い立ち上がった。ぼーっと立っているのも能が無い。娘を探しながらもオレは若い女性が寝そべっている側に吸い寄せられるように歩いていた。

「お父さん!」
いくらビキニ姿のお嬢さんが目の前に寝そべっていようとも、娘の声はわかる。オレは振り向いた時に娘がズルそうな顔をしているのに気付いた。こういう顔は妻によく似ている。そしてそのあとで何かをねだるのだった。
「お母さんには言わないから、小遣いアップね」
「何だよ、何のことだ?」
「おねえちゃんの水着姿にみとれてたでしょ」
「ん? お前を探してたんだよ」
オレも立派な大人だ、立派じゃ無いかもしれないが、小3の娘に負けられない。第一証拠が無い。娘もすぐにわかったようで、「じゃあ、かき氷」と、簡単に妥協した。

かき氷を食べながら、娘は「あーあ、一人っ子はつまらない。お姉さんかお兄ちゃんが欲しいなあ」とつぶやいた。
「お姉さん、お兄ちゃんは無理だろう」
娘は少し大人びた顔になって「わかってるよそんなこと」と言った。
「じゃあ、お父さんがお兄ちゃん役だ、あれやろう!」
高所恐怖症のオレにはそびえ立って見えるウォータースライダーの乗り場を指さして娘は悪戯っぽい顔で言った。

終わり
作品名:娘と 作家名:伊達梁川