永遠の音楽
(序)
その練習室は溜まり場だった、尚さんと、信乃さんと、容子さんと、そして私の。
四人で慰問演奏の曲を選んだり、それとは関係なく好きな曲を合奏したり、即興で作曲し、詩をあてて歌ったり。
古い板張りの廊下は墨汁に似た匂いがした。
西日の入る練習室は他の学生には不人気で、午後からは使用するのはたいてい私達だけだった。しかし夕暮れ時に金色から茜色に染められるその空間は、言葉に表せないくらいに美しかった。
親しい友人達と作る音楽、合奏の楽しさ、独奏の緊張。生まれる音に身体中が満たされる。喜び、怒り、哀しみ、楽しみ――不自由で不幸な時代だったが、その一瞬一瞬の全てが懐かしい。
あの時間が私達を支え続ける。あの時間で得た友が掛替えのない存在となる。
「つき合わせて済まないな」
「構わないよ。でも良かったの、辞めてしまっても? 復学出来るんだろう?」
「この体力じゃ、若い者についていけないよ」
尚さんの体力は以前のようには戻らなかった。内臓がボロボロで薬なしでは生きられない。これから先、この弱くなった内臓と付き合って行くことになる。だから彼は、出征以来長く休学していた音楽学校を退学することにした。
「まだ二十九じゃないか」
「もう三十路だ」
私達の『あの時間』はすでに遠い。校舎は建て替えられ、練習室も今はない。戦後の学制改革によって、学校の名前も変わろうとしている。
「ここも変わってしまうし、未練はないよ」
しかし思い出は色あせない。
「ここでなくとも、音楽はやれる」
尚さんはそう言って笑い、私は頷いた。
目を閉じて耳を澄ませば甦る音楽。いつでも、どこででも――これから先も生きているかぎり、私と、そして尚さんの中で永遠に。