備忘録(5/29編集)
「まぁ私ならいざとなったら……あまりそういうの得意じゃないんだけど、呪いに呪いで対抗することだって出来るから」
「……何なんだいその目はぁ? 言いたいことがあるなら、此処で今はっきり言えばいいじゃないの! ……あ、いや……ちゃんと進めてるでしょ? そんな目で私を見ないでよ。威圧感が半端ないんだけど。……何処まで話したっけ? 君らが茶茶いれてくるからなかなか進まないじゃないか……もう……ああそうだ、その晩。私はその日記を読んで過ごすことにした」
中身は普通の、一途で繊細な日記だった。あの人に駅で一目惚れとか、夢に出るくらい好きとか。そんなことばかり書いてあった。……だから、何がそんなおぞましいものを呼ぶのか分からなかった。……その日記の中盤に差し掛かるまでは。
……何ていうか……ある頁から、べっとり何かが付着したところがあって……。
『右腕は花壇に』
日記には、その一行だけ書かれていた。
「何のことだと、始めは首を傾げてたんだけど……あったんだよ。そういう事件が」
捜査では痴情の縺れにより云々で片されていたけど、詳細は不明。……ウィッカの持つ日記には五体の居場所が事細かく書かれていたんが、後で資料で確認したところ、全て一致した。
「……まめなタイプだったんだろ……それか相当のキチガイだね」
殺害方法と時間、遺体の様子、犯行時の天気までしっかり記されていた。読んでいても読み終わっても寒気がした。これを書いた同じ手で、愛する男を切り刻んだんだろうと思えば。
「……犯人はどうなったかって? まだ捕まってないよ。犯人は逃げ切ったんだ。……いや逃がされたと言うべきかな? ……被害者からしては」
「彼女は逮捕される前に事故死してしまったんだよ。……そう、お前が今飲んでるつぶつぶシェイクみたいにぐっちゃぐちゃで発見された。ま、現実の事件の終幕なんてこんなもんサ」
終わったことにしろ、これも全て事件の証拠になる。ウィッカは親戚の警察官に日記の大まかな説明と、持ち主であった彼女の住所、名前を教え、会う約束を取り付けてから、やっと寝床についた。そして、朝っぱらから電話のベルに叩き起こされる羽目になった。
「……何だったと思う? ……出たんだよ。日記の持ち主が」
……翌日の早朝。ウィッカに日記を譲った孫娘が全身ズタズタにされた状態で、自宅の庭で発見された。……そして、その話をした親戚も、その近くの川の中で同じような状態で発見された。
「……新聞やニュースで大きく取り上げられたねぇ。例の殺人者二世が現れたと。騒ぐマスコミの一方で、警察は犯人の痕跡が全く掴めないで頭を悩ませてた。まぁ当たり前だよね。既に人間から逸脱している輩がやったんだから、痕跡なんか残るはずがないんだもの」
「……どうして同一犯がやったかのように話す? ……君らは信じないかもしれないけどね……怯えたそこの花壇の庭番達が言ってきたんだよ」
「『悪いものが来た』ってサ」
幸い、ウィッカの存在までは知られなかったようだ。急いで自宅に置いてあった日記を、老夫婦の家から一番遠い所に隠すことにした。親戚が管理している図書館の書庫に。……厳重に何層も、お呪いを施して。
「……なぜ犯人が日記を探してるのかって? ……彼女は気になって仕方がないんだ。死んで、とうに時効を過ぎた今でも、誰かによって自分の犯行が外部に露見することか、愛しい人が奪われてしまうことかはしらないけど」
「……その日記は何処にあるって? まだ其処の書庫に置いてあるけど? ……そういえば、それっきりお呪いの点検に行ってなかったな……。そりゃぁ定期的に見ていないとダメに決まってるじゃない。効果がなくなったらすぐばれてしまうよ。……私の呪いだってそんなに万能じゃないし。
「一番最後に見たのは十年くらい前だったかなぁ……ああ、すっかり忘れてたよ……こんなことなら姪っ子達と書庫の掃除をした時にしてくれば良かった」
「……って、ああそうそう、君らも気を付けるんだよ。この話は滅多やたらにするもんじゃない」
女の耳というのはよく利く……特に噂話なんかには敏感に出来ているのだから。
「……どうしてって? ……考えたら解るでしょ? 『日記を知っている人間』だってばれていないから、私の首はこうして繋がってるんだよ」
「……ふふ。理解したね? 君らは話を最後まで聞いてしまった。日記の在り処も、知ってしまった。……君らはもう、宝探しを企てた私の立派な共犯者サ」
作品名:備忘録(5/29編集) 作家名:狂言巡