備忘録(5/29編集)
ウィッカ・K・ダウディーがまだ学生だった頃の話だ。
その時住んでいた近所には、野球場くらい大きいんじゃないかというくらいの私立図書館があった。そりゃもう本の虫には天国のような場所だ。児童書や図鑑から、他では絶対手に入らないような珍しい文献も、数多く蔵書されていた。その上質もなかなかで、管理人の夫婦もよく出来た人間、私は学業でも趣味でもよく利用していたんだ。
でも、ウィッカが其処を利用しはじめた頃は矍鑠していらした老夫婦も、とうとうある年に体調を崩してしまって、図書館は閉鎖されることになった。貴重な本達は競うように各地に移動され、そして持ち主が特に愛した書物は、冷たくなった彼らと共に自然に還っていった。
その数年ぐらい経った頃か、ウィッカはお爺さんの家に招待された。招待主は老夫婦の孫娘。ウィッカと祖父母が、入院するまで特に仲が良かったのを、周囲から聞いていたそうだ。灰色の目が、祖父そっくりだった。
彼女は到着したウィッカを祖父の書斎へと通すと、一冊の本を差し出してきた。べっとりと濃いシミのついた、いかにも曰くあるんですと胸張ってそうなブツ。でも中身は単なるの日記。表紙に書かれてた名前は、孫娘の名前と違ったが、どこにでも聞くような珍しくないものだった。
『これを受け取って頂きたいのです』
……彼女はうつむいたまま、それでもはっきりした声で懇願してきた。
「……でも、おかしくない? こんな日記を譲りたいがためにわざわざ、会ったこともないような相手を屋敷に呼ぶなんてサ」
不思議に思ったウィッカは、彼女にこの日記のことを尋ねた。……そしたら突然泣き出してしまって……。
「マア、この時から、何となくヨロシクない予感はしてたんだけどね……」
泣きじゃくる人間から情報を得るのは大変だったが……とりあえず、簡単に言ってしまうと……その日記は呪われている。祖父である図書館の主人が死んでから、夜な夜な人ではない【何か】が家捜しに現れるのだと。
とうとうウィッカに跪かんばかりに泣き縋りはじめてしまった彼女に負けて、それを譲り受けることにした。
作品名:備忘録(5/29編集) 作家名:狂言巡