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ロボット二連作

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ここは東京



 オリーブ色のクラシカルな扉の前に僕は立っていた。小高い丘の上にぽつんと建った少し寂しげな館である。僕はロボットだ。二足歩行で、およそ人と同じ姿をしている。もちろん自分のことは自分で考えて、自分のために動く。
 彼女がゆっくり扉を開けて、僕を家に招き入れてくれた。ディナーに呼ばれていたのさ。ほら、両手にはプレゼントの花束を持っている。そそくさとリビングに行ってしまった彼女を、僕はおっとり足で追いかけて、そうしてリビングの扉を開けた。
 そこには、彼女が作った光ファイバーのサラダに、ボルトとネジのソテー、ガソリンのスープが湯気を立てていた。彼女の席には瑞々しいレタスのサラダに、焦げ目のきいた舌平目のムニエル、鮮やかな緑色の枝豆のスープが置かれていて、キッチンに立った彼女から、メインは半導体と軽合金、どっちがいい? と聞かれて、僕はジュラルミンがいいと答えた。
 

 北極星の真下には、月の宇宙ステーション行きのエレベーターが聳え立っている。どこまでも天に向かって伸びているように見えるそれは、地上と遥か宇宙の彼方を健気に繋いでいる。ここは地球の宇宙進出の拠点だ。エレベーターで運ばれるのは、人間ではない。勿論、救援物資の類でもない。ロボットである。なんとか月と地上を結ぶエレベーターを作ったはいいものの、宇宙は人間が思うより優しい世界ではなかった。勝手に宇宙進出を進めた人間に対し、異星人は武力行使に出たのである。なんとか逃げ帰った人間だが、そう簡単に夢は諦められない。そうして自立型のロボットが量産され、それらによる代理戦争が始まったという訳である。僕のことはもうわかっただろう。僕はその量産されたロボットのうちの一人だ。
 エレベーターはワイヤーを引く音を小さく響かせながら、ぐんぐん地上から遠ざかっていた。既に大気圏に突入している。月まであと少しというところだ。僕は僕自身のプログラムを最終確認して、支給された武器を固く握る。いや、腕と一体化しているから、気持ちの問題だけれど。人間にならって深呼吸をして気を落ち着かせる。ガコン、と鳴って、月の重力圏に入った。遠くで爆発音が聞こえる。最後に、遥か足元の地球を振り返って見ると、このエレベーターに乗ってすぐ、同じように地上を振り返ったとき、こちらをじっと見ていた白いワンピースの女性を思い出す。この場に乗り合わせている他のロボットも、同じようなことを思うのだろうか。

 
 高層ビルの最上階、ワンフロアぶち抜きの贅沢な一室で、革張りで背の高いソファーに、太い葉巻をくわえた男が座っていた。顔は見えない。悪趣味としか言えない金の差し歯が光っているのだけは確認できた。間違いなく、やつだ。画面に拡大されたやつの姿を確認して、何食わぬ顔で空中を走っていた僕は、おもむろにビルの前で止まった。大きな窓の下には、鳥のような影が映っている。暮れなずむ太陽を背にして、パイロットはボタンを押した。次の瞬間、僕の腹から高性能マシンガンが飛び出し、窓を割った。ばらっ、ばらららっ。反動で、僕の体が揺れる。三〇〇メートル下には、人間大の空薬きょうが雨の様に降っていることだろう。それでけが人が出なければいいけれど。部屋は瓦礫に埋まり、土煙とガラス片が舞って、男の姿はもう見えない。ボタンから手を放したパイロットは、遠目に警察の赤ランプがついた飛行ロボットがこちらに向かって来るのに気付いて、大きく旋回し、廃墟と化した高層ビルを後にした。一部始終を見ていた、向かいのビルの麗しい女性の看板にウインクを飛ばして。
 僕は非合法組織が所有する戦闘ロボットのひとつである。一連の事件は、いわゆる「殴り込み」ってやつだ。ハンドル操作で僕は空を飛び、ボタン一つでどんなことだって出来る。そこに僕の意志はない。パイロットがどう僕をどう使うかだ。じゃあ、通行人を心配していた僕の意志はどこに?


 残りかすのような煤けた地球には、生き物は住めなくなっていた。海は青かったらしい。今では、黒くて光沢のあるドロドロも、その昔は風になびいて波を立て、さらさらの砂浜に絵を描いていたそうだ。人間の集まる都市には、背の高い建物が立ち並び、夜でも光が溢れ、上から見たらそれはもう美しかったという。想像つかないな。コンクリートの塊が積まれた山ならあちこちにあるけれど、それほどの高さでもないし。「みどり」という色があったというのは、知っている。けれど、実際に見たことはまだない。みどりは目に優しい色で、心を落ち着かせる効果があって、リフレッシュのために人間はみどりの溢れる山に出かけて行くことを常習的に行っていたんだって。僕がよく見る山は黒ないし赤で、一年の平均温度一二〇〇度くらいあるのに。
 残った僕は地球再生の日のためにせっせと汚染物質を吸い込み、浄化して自然に還すという大仕事をひとりで任されていた。毎日同じ量だけごみを集め、そして固めて、燃やしたり、埋めたり。たった独り、同じことの繰り返しだけれどつらくはない。これが僕の仕事なんだから、そこに疑問を持つのはおかしいのだ。僕はその為に作られたロボットなんだから。
 人間は娯楽を詰め込んだ宇宙船に乗り込み、一人残らず母星を後にした。その様子をじっと見つめていたけれど、宇宙の彼方へ小さな光になって消えてしまった。




 はっ、と目が覚めた。寝台に横になった僕の陰茎は彼女の白く細い手の中で、頬を上気させた彼女が、キスを強請り顔を寄せてくる。次はあなたの番、というように腕を引かれて、僕はまだ自分がロボットである夢を見ている感覚に陥った。



♪ タイムトラベル(原田真二)
2012.07. 塩出 快

作品名:ロボット二連作 作家名:塩出 快