花と
私はぼんやりとそんなことを考えながら、子供の頭を見下ろしていた。小さな宇宙の、小さな世界の、小さな国の、小さな町の、小さな家の、小さな部屋の、小さな風呂場。私は子供と二人きり。哀れで小さな子供の髪を洗おうとしていた。
子供は裸でイスに座ったまま、私に背を向けている。無防備で何の疑いもないその姿。
私の、妹。
年の離れた妹は、幼い子供だ。子供。
昼下がりの静かな世界。薄暗い風呂場は何の音もなく、壁には黒い黴がうっすらと生えている。生きている。ああ、風呂掃除をしなくちゃ…、私はなぜか焦燥感を覚える。小さく開いた窓からは昼の光がうっすらと差し込み、風呂場を幻のように曖昧に見せていた。
シャワーで子供の頭にお湯をかけて、髪を濡らす。黒い細い髪が水に濡れていく様を不思議な気持ちで眺める。水は人を生かす、人を殺す。子供はそのことを分かっているのだろうか。
黒髪は人の情念のようだ。何の邪気もないだろう子供の髪すら水に濡れ張り付いて私のこの手に絡み付く。
スーパーで安売りをしていたシャンプーの液を手に取り、子供の髪を洗う。少しずつ、泡立っていく。泡。不思議な白い塊となった子供の小さな頭はとてもやわらかそうだ。
人工的な花の香りが風呂場に溢れた。くらくらする。くら、くらして泣きそうな気持ちになる。
子供はその間中ずっと黙ったままこちらに背を向けている。まるでこちらを向いてはいけないという言いつけでもあるかのようだ。
何度も何度も泡立てて、白い花のようになれと思う。綺麗に綺麗に汚れを落とし何もかも洗い流してしまおう。人の心も、悲しみも、人という存在すら。
裸の私は白い花になれるのだろうか、子供は白い花になれるのだろうか。私は花になりたいのだろうか。
そして、泡をお湯で洗い流す。子供の髪をとかし丁寧に流していく。白い泡は排水溝へと吸い込まれて消えていく。白い花は一瞬でなくなってしまう。
すべて終わった。
切り取られたような昼下がりの風呂場。この世界にはまるで子供と私の二人だけのよう。世界は時を止める。
そのとき、
「お姉ちゃん、星が欲しいな」
子供が初めて声を発した。
なんだか言葉遊びのようなことを、どこか真剣な声で言った。
星。
「そう」
私はそう言って子供の髪を少しだけ触った。そっと、壊れ物に触れるように。
髪からはシャンプーの花の香りがした。