白球に賭けた命
ワタシたちは、気付いたときには幼馴染として自他共に認める仲だった。だからキミのことは誰よりよく知っていた。
運動会で走れば必ず転んでビリだったキミ。
鉄棒の逆上がりだって、何度も練習しても出来なかったキミ。
自転車に乗ろうと頑張っても、どうしてもバランスが巧く取れなくて左右にユラユラ揺れて、最後まで一人で走れなかったキミ。
そんなキミが言った信じられない言葉。
今年の春のことだったね。
我が校の野球部が甲子園で優勝して、大いに歓声に湧いた時、
「オレ、夏の甲子園に出るよ! ピッチャーとして出て優勝する!」
そう断言したよね。
「絶対無理! 出来るわけ無い。ありえないよ!」
そう応えたワタシ。
だってそうでしょ? キミみたいなウンチ〔運動音痴〕、うちの学校にもキミくらいのものだよ。そんなキミがピッチャーになって夏の甲子園で優勝するなんて、絶対ありえないことだもの。だからワタシは約束した。もしそれが本当に出来たなら……って。
ワタシは野球のことは詳しいことはわからなかったけど、だけどどう考えたってキミにできるはずはない。それだけは確かだと自信があった。
だけどキミはあの日から野球部に入り、懸命に基礎体力をつけるためジョギングを始め、その他ありとあらゆるトレーニングを積んだね。そばで見ていて可哀想になるくらい。
〔いくら頑張ったって、所詮無理なんだよ〕
そう思いながら見守っていたワタシの気持ちをよそに、キミはどんどん一人で成長していった。そしてありえないことに野球部のピッチャーに選ばれた。でも、だからって甲子園で優勝なんて出来るはずがない。ワタシは小さいときからキミを知っているんだよ。根性なしで、何だって長続きしたことなんてなかったキミ。
それなのにキミは、ついに夏の甲子園に行った。それもちゃんとピッチャーとして。
でも、でもね、仮に100歩譲ったところで優勝なんて出来るはずがなかったんだ。
それなのに……。それなのにキミは本当によく敢闘したね。そして優勝した。
ワタシは自分の目が信じられなかったよ。でもキミの勇姿を認めないわけにはいかなかった。
だけどこれはきっとまぐれだよ。そう、神様だってたまには間違えることだってある。そうは思わない?
だってキミのことは何から何まで知り尽くしているワタシが言うんだ。間違いない!
でもね、約束は約束だ。
まだ今から素敵な恋もしようと思っていたワタシだけど、仕方ない。約束は守るよ。だけど全然後悔はしてないよ。だって、人間って何度も生まれ変われるんだ。知ってた?
だからワタシはいつの日か生まれ変わって、きっとまたキミの前に現れるから。それまでしばしお別れだね。
あの時の約束。
「もしキミが本当にピッチャーになって甲子園へ行き、マジで優勝したら、ワタシはこの命をキミにあげるよ!」
そう言ったでしょ? だから約束は守るよ。
わずか17歳のワタシよ、さようなら。そしてキミへ、さようなら。
ワタシは決して後悔などしてないから、じゃあね。
* * *
夏の甲子園で優勝した高校のニュースが数日新聞を賑わした同じ頃、同校の一人の少女の自殺が新聞の片隅にあった。だが、その理由は不明だった。