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The El Andile Vision 第5章 Ep. 2

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 しかし、その双眸の奥に微かに垣間見えるもの……それに、彼は突然気付いた。
 狂おしいまでの欲望にたぎる焔の影……
 それは、『滅び』だ。
 破滅への暗示。
 あらゆるものを滅ぼすことへの猛るような欲望。
 この女の望み……それは、ひょっとしたら、このアルゴン州自体を滅ぼすことなのかもしれない。
 ――魔女め……!
(……おまえは何者だ……)
 彼の瞳が鋭く女を射るようになった。
 ザーレンはサヴィーナに対する人としての感情を一切捨てようと固く決意した。
 ――この女は人ではないのだ。
(いや、元々俺はこの女を愛してなどいなかった……)
 ――愛……などではない。動物的な欲情で彼女を抱いただけだ。ただ、それだけだったのではないか。
 彼はそう思い直した。
 すると、気分がふっと軽くなったような気がした。
 彼は、請われれば拒まず女を抱き続けた。
 彼女をただの愛玩物として機械的に自分の欲求を満足させるためだけに。
 ……彼は一切女の前で自分の感情を出さなくなった。
 彼の微妙な変化が感じ取れたのだろう。
 サヴィーナはそんな彼に苛立つ瞳を向けるようになった。
 しかし、敢えて彼女は何も言わなかった。
 ただ、彼を見る眼差しがきつくなった。
 淡々とした瞳の中に、微かに怒りとも憎悪ともとれる焔の片鱗のようなものが窺い見えるときがあった。
 アルゴン侯の具合が悪くなってからは、ザーレンはサヴィーナと触れ合うことを絶つようになった。
 その頃……彼の頭の中を占めることが目に見えて増えたせいもあった。女を求める気持ちが起こるだけの余裕もなかった。
 父の葬儀の中でさえ、あのごたごたがあったこともあり、彼女とは目を合わせることすらなかった。
 そんな中で、先程ようやく……久し振りに彼女と言葉を交わしたのだった。
 あからさまな誘いの言葉。
 彼は女の誘いに乗るつもりは全くなかったが、彼女の口からユアン・コークの名が出たことが妙に気にかかった。
 そして……彼は苦々しく顔を歪めた。
(……イサス……か……)
 ここのところ、敢えて考えないようにしてきたことだった。
 己の手で断ち切った絆。
 少年の黒く燃えるあの瞳が目の前をちらつく。
 後悔はしていない。
 ただ、それをまさかサヴィーナ・ドリスの口から出されるとは……。
 彼女が彼と黒い狼の繋がりを知っているはずはない。
 にも関わらず、あの口振りではまるで自分には何もかもお見通しだと言わんばかりだった。
 それがどうしようもないほど、彼の心を波立たせた。
 ――ユアン・コーク……?
 彼は眉をしかめた。
 ユアンが彼女に話したのか。
 ユアンと彼女が接触しているということか。
 それも、そんなことを話すくらい、親密に……。
 ――嫌な予感がした。
 どうしても確かめなければならない。
 ザーレンはそう思うと、眼差しを強めた。


「……あれでよろしかったのかしら?」
 サヴィーナは男の肌にしなだれかかりながら、囁いた。
 閉め切られた部屋の中は薄暗く、互いの顔すら定かに見えぬくらいであったが、全裸の二人は気にする様子も見せず、ぴたりと体を寄せ合っていた。
「……上出来です。サヴィーナさま」
 ユアン・コークはそう答えると、優しく女の首筋に唇を落とした。
 サヴィーナは喘ぎ声を洩らすとユアンの背に回した指の先に力を入れた。
「……本当におやりになるおつもり?ユアン・コーク……」
 サヴィーナは彼の耳元でそっと問いかけた。
 薄闇の中で、瞳がぬめるような輝きを放つ。
「……未練がおありですか?」
 ユアンは唇を離すと、顔を上げ、射るような視線を女に向けた。
「……未練……それはどちらにですの?夫に……それとも……」
 サヴィーナは淡々と答える。
 そんな女の表情を見て、ユアンは視線を強めた。
「……無論、両方に、という意味です」
 途端にサヴィーナの口から高い哄笑が洩れた。
「心にもないことを……わかっているくせに!わたくしが一度でもあの哀れなお方のことを心からいとしんだことがあったなど……本気でお思いになって?」
 サヴィーナの瞳が闇の中でぎらぎらと危険なくらいの輝きを放っていた。
「……いいえ、未練など少しもありません。ご安心なさいまし。ザーレン・ルード……あのお方のこともですわ、無論……でなければ、あなたさまとこうしていませんことよ。そうではなくて?わたくしを何とお思いになっているの?男となら、誰とでも寝るただの肉欲に溺れた淫乱女とでも……?」
 そうではないのか、と切り返したい気持ちを抑えて、ユアンは息を吐くと、苦笑した。
「――これは、失言でした。失礼を……」
 彼はあっさりとそう返した。
 サヴィーナの目が細められた。
 その氷のような冷やかな深い緑の瞳が身じろぎもせず、目の前の男を凝視する。
「あなたこそ、未練のひとかけらでもおありにならないの?……ご自分の血の繋がったお方を、お二人もそのお手にかけようとなさっているのに……顔色ひとつお変えにならない。恐ろしい方ね……。聞きましたわよ。たとえ今は反目しあっている仲だとはいえ、ザーレンさまとは元は兄弟のように育ってきたと聞きますのに……。ご自分のいとしい弟君を何の躊躇いもなくその手におかけになろうというのですね。……本当に冷たいお方」
「いとしい弟……か。よくも言ったものだな」
 ユアンは笑った。冷えた笑みだった。
「そんな昔の話は忘れたな。それは向こうも同じだと思うが……」
(第一、そなたには関係のないことだ) 
 ユアンの目が僅かに吊り上がり、女をじろりと睨めつけた。
 女のいかにも芝居がかった語りが彼を苛立たせた。
 このサヴィーナ・ドリスという女が、今さら肉親の情を云々などというような人間ではないことはわかっているだけに、そういうことを敢えて言ってのける彼女の厚顔さを彼は心から忌々しく感じた。
「……怖い眼……」
 サヴィーナはひるむこともなくその視線を受け止めると、不敵な笑みを浮かべた。
「……いいですわよ。後悔なさらないのなら。わたくしは、ただ、確かめたかっただけですから」
 ユアンは何も言わず、ただサヴィーナの頬に触れた。指先から、ひんやりと冷たい感触が伝わった。
 ユアンの胸にぞくりと悪寒が走った。
(魔物だな、この女……)
 人ではない。
 人の体温が……当然感じるべき肌のぬくみがまるで感じられないではないか。
 こうして抱いていても、体が温まるどころか……逆に心が芯から凍りついていくようだ。
 しかし、そんな魔物だからこそ、今こうして共にいる意味がある。
 全て、自分が望んだことなのだ。
「あなたは、本当に自分のことしか考えられぬのだな……」
 ユアンは皮肉を込めた口調で言うと、目を閉じた。
「自分の望みのためなら、他がどうなろうと全く構ってはいない……自分の夫を殺すことも厭わぬ。ついこの間までこのように抱き合っていた愛人ですら、平気で罠にかける。――つくづく、恐ろしい女だ……」
 彼は蔑むように呟いた。
「……お互い様ですわ……氷の君……」
 サヴィーナは冷たい息を吐き出しながらそう囁き返すと、彼の体を引き寄せ、さらなる愛撫をねだった。