DESTINY BREAKER 一章 1
一度覚醒してしまった意識を再度眠りに導くことは容易ではない。それならいっそのこと木漏れ日が暗闇を照らし、この闇夜が明けるまで読書に耽ることを選んだ。
たしかに夢のことを気になってはいるが、ただ思案にふけっていれば答えが見つかるわけでもなくモヤモヤとした気持ちが募るだけだ。それが幼い頃に聞いた話なのか昔観たテレビ番組の一部であるのかそれとももっと他のモノであるか、なににせよ時間の経過が私に答えを導くとしても、きっとそれは今ではないと、思考する自分に解決しない問題は考えるだけ時間の無駄だと言い聞かせ、先刻から進んでいない本のページをめくった。
先週友人から借りた本。内容は単純かつありきたりなフィクションで、現代とは遠い昔の時代が舞台で、子供のころお互い異なる国へ離れ離れになってしまった幼馴染が時を経てめぐりあい恋に落ちるというものだ。
フィクションは大抵が現実では起こりえないことを何かしらのかたちで表現したものであって、この物語の世界と時代で考えれば現実に電話もない、相手の住所も知らないという状況で何十億という人口の中のたった二人が長いときを経て再びめぐり合うという奇跡が現実に起こる確率は零といってもよいだろう。加えて人の記憶は曖昧なものだからそんなに長い間離れていたのならお互いのことを忘れてしまうのではないだろうかと、そんなロマンのかけらもないことを考えながら、私は不思議とこの手の話が嫌いにはなれなかった。いや正直に言えば好きなのだ。表面的には少女趣味な内容だなあと思いつつも心の奥底では静かに憧れる。個人の嗜好には理屈など関係ないといったところだろう。
夢に起こされ、意識がはっきりとしないまどろみのなかで本を読み始めてから小一時間が経とうとしたときだろうか、ふと窓の隙間から冷たい風に乗って小さな唄が聞こえた。そのうたは人間が言葉を紡ぎ合わせた歌ではなく、彼女の心に直接響き渡る音としてそれとなくきこえてくる唄、風の音、木々のざわめき、清流のせせらぎ、動物や虫の声、それらが奏でるいきとしいけるものの唄である。
彼女は幼きころから聴きなじんだこの唄に耳を傾けた。
唄は彼女を包み込むような優しさと暖かさでゆっくりと流れた。まるで夢に起こされてしまった憂鬱な気分を払拭するかのように。
彼女は静かに目を閉じ、感覚を研ぎ澄ました。
そして唄の中に微かな景色をみた。
作品名:DESTINY BREAKER 一章 1 作家名:翡翠翠