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「神田川」の頃

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「さあ、どこに行こうか、あ、その前にちょっとアパートを見てみたいと約束したんだよね」ヒロシがアーケードの方を向いて言った。
「うん、男の一人ぐらしの部屋ってどんなのかなあ」と無邪気に言うヒロコに、ヒロシは自尊心をくすぐられて、「普通さあ、知り合って間もないのに男のアパートに行きたいなんて言うかあ」と、それでも嬉しそうに言った。
「あんただからよ、私、人をみる目があるもん」
 (あんた)かあと思いながらも、二人とも二十歳なのだが、ヒロコの方が数ヶ月年上なので、そのままにしている。それにヒロコの言うあんたは親しみがこもっていていい気分になるのだった。二人とも地方の高校を卒業してから、二つ目の会社である今のデザイン社に入社して知り合ったのだった。博史と博子と二人とも『博』という文字を使っていたからか、ヒロシは親近感を持った。そして会社の帰りに途中まで一緒の電車の中で話しをしているうちに好きになってしまった。
 並んで歩きながら、ヒロシはヒロコを見る。身長が違うので頭を斜め上から見下ろすことになる。小さめのショートカットの頭が可愛いので、撫でてみたい誘惑にかられる。
 そしてノースリーブのワンピースだ。夏物の薄いカーディガン風のものを手に持っているのは、暑いの脱いだのだろう。そして丸味をもった小さな白い肩が目に入って、ヒロシには眩しく感じられ、視線を前に移した。
「ここで、パンを買ってるんだよ」
「ふーん、おいしそうだね」
「この古本屋もたまに入る」
「へえー本読むんだ」
「まあ、買うのはマンガだけどね」
「なあんだ」
「この踏切を渡って、丁度駅の南側に出るんだよ。南側に改札口があれば、2分ぐらいなのにさ」
「でも、それでも近いじゃない」
「まあね」
「あ、あそこの酒屋で、安いウィスキー買って、友達と飲むんだ」
「ねえ、何か飲み物買って行こうか」酒屋の店先でヒロコが言う。ヒロシが返事をする前にもうヒロコはオレンジジュースとコーラを選んでいる。ヒロシが財布を出すと、ヒロコは「いいよ、わたしが出しておくよ、あんた給料前でしょ」まるで姉のようだなと思いながらヒロシは財布をしまった。酒屋の主人が二人の様子に微笑みながら「ありがとうございました」と言った。ヒロシは少しくすぐったい思いをしながらヒロコと並んでアパートに向かった。

「思ったほど汚くはないね」
「ああ、散らかるほど物が無いからね」
「ははは、ほんとだ」
ヒロコは本当にジュースを飲んで、狭いアパートの部屋をちょっと見るだけで気が済んだようだった。
「さあ、どこに行こうかなぁ、どこがいい?」
「暑いからね、建物の中がいいなあ」
「じゃあ、映画にしよう」
簡単に映画を観に行くことに決まって、駅に向かった。

作品名:「神田川」の頃 作家名:伊達梁川