飛行機雲の人
時の止まったような教室で二人、黙々と作業を続ける。
窓の外には眩しい光があふれ、セミの声が鳴り響いている。
暑いな…。こんな日の海は冷たくて気持ちいいんだろうな。俺はそんなことを考えた。
海に行きたいな。可愛い彼女がそう言っていた。
俺はそれだけで幸せな気持ちになり、海だろうが山だろうが君のために獲ってきてあげたいと思った。
水着で海に笑う可愛い彼女。想像でも眩しくて眩しくて。きっと、それは楽園の風景なのだろう。
そして、
海、その言葉が心にぼんやりと残った。この前のBとの会話をふと思い出す。俺はBに話しかけた。
「お前、海好きなのか」
海。Bはまた、ぽつりと単語を言う。
そして少しの間の後、ほんのわずかにうなずいた。
「なんで」
「冷たい」
この前と違う言葉が返ってきた。
冷たい? 冷たいって…どうして。冷たいのはそれはまあ当たり前だけど。
でも、それ以上「冷たい」を追及する意味も特に感じず、また、会話は途切れた。
無音の教室。
俺は沈黙の中で少し考えていた。青い海と暑い夏と、遠い空のこと、白い光…あやふやな思考。
冷たい。その感覚を思い出そうとする。
温度の無い目は生きているのか死んでいるのか。初めから何もないのか…。
意識は意味無く浮遊し、空虚な渦を遊ぶ。
冷たい、その言葉は俺にとってもきっと大切なワードなんだろう。すべてはつめたい。
つらつらと浮かんで消える薄い思考。
ああ、本当はなんだっていいんだ。どうだっていい。すべて。
冷たいから好きか。
青いから好きとか。
「冷たい、青い、深い。それで海?」
こいつと話してると言葉が省略されていく。必要なものも不必要なものも分からないくらいに消えていくんだ。
少しの間が空いて、
海。
それだけの音がした。
その目は、本当に何にも思ってなさそうな目だった。空白の目。
生き物や、幽霊や、人間やなんらかの色々な物を想像したり、でも違うようにも感じた。