最後に笑うのは誰だ―7
「……」
土屋本家内に、堂々と構える桜の樹。その少しばかり太い枝に、英はいた。その手には黒い猫。複雑な環境で育った、英の唯一の友達だ。
「お、どうした。」
英の腕にいた黒猫は、自由気ままにスルリと抜けた。結局己しか信じる者はいないのかと、英は思う。
「……おふくろみてーだな。」
英の母……の、名前は知らない。流星とかいう自分の異母兄弟の母と同じ日に関係を持って、同じ日に母になった、というのは、母とかいう女から耳がタコになるほど聞かされた。
英が知っている名前はほんの少し。
土屋英(自分、らしい)
土屋流星(自分の異母兄弟で、しかも双子のような関係らしい)
土屋朱音(名前しか知らない)
そして、土屋健太郎。何かあったら、彼を頼れと母らしい女に言われた。
英は、何も聞かずに育った。興味がないからだ。思い出したくもないからだ。
裕福な家系の血が混ざっているものの、自分の母とかいう女が御当主の妾だと分かってからは、地獄のようだった。
戸籍などない。流星とかいうのの母親が、申請を許さなかったらしい。土屋というのは、そういう権力を持つお家柄らしい。だから、母とかいう女は、血反吐を吐く思いで自分を育てた……と思っていた。
朝も夜も仕事仕事。小さいころから一人でいた自分だが、真実を知った時から母を憎むようになった。
自分を放っておいて、俗にわが子に優しいと言われている“母親”は、男と遊んでいたらしい。そういう女だったらしい。
自由気まま。猫のようだと、母の取り巻きの男たちが言っていたのが、最初の母とかいう女の印象だ。
さびしいとは思わなかった。憎んでいることで、それを隠していたのかもしれない。
それが頂点に達した時、英は、母とかいう女を殺した。
属魔法が、開花した。特殊なことだ。属魔法は、本家の血が流れ者しか使えず、しかも訓練して強くなると聞いていた。
さて、自分はこれからどうするか。母とかいう女と同じように生きるか。
それは、プライドが許さない。
そうだ。
『あいつらを……自分をこんな目にした土屋家を……』
殺そうと思った。
自分の目標の上、何しろ情報が少ない。そこで、母とかいう女の言葉を思い出した。
“健太郎様を、頼りなさい”
「お、健さんからだ。飯はまだだ、遊んで来い。」
猫は、ニャーと鳴いて英のそばから離れる。
「健さん、満月ですね。狼男になっちゃいます?」
『馬鹿言うな。今日はどうした。』
「会いましたよ、朱音と。真実も伝えてきました……軽くだけど。」
『それでいい。引き続き、属魔法の訓練でもしとけ。殺してもいい、俺が許可する。』
「えー、流星が俺に勝つとでも?」
『あいつは朱音が絡むと性格変わるからな。』
「ハイハイ。」
闇はやがて光を呑みこむ。
携帯を切った英は、満月を見て思った。
「狼男に……なれたらいいのにな。」
真に願う。
孤独な男の、願いだ。
子供には富士の山のように高く見えるそれ。少年と少女は、下からそれを見上げていた。
日も夕暮れ。2人はそれの登頂をしなければならない。するまで変えるなと、少年は母親に言われ、少女はそれを見張るように言われた。
“あいつの子供はできるから”と。“お前は命を落としても、彼を守るべきだから”と。
「りゅうせいさま……」
「だ、だいじょうぶだ、あかね。こんな金属、こわくない。」
「こわくない……」
お互いそう言い合って、少しずつ登っていく。
少年は先陣をきり、少女は少年が危険にならないようにと、子供ながらに後ろについていた。
「あかね、おいで。」
「はい……」
ゆっくり、ゆっくり。
鉄の富士に登った2人は、水平線に沈む夕日を眺めていた。そして、お互いの顔を見て、笑う。そこに恋とか愛だのはない。頑張れば、こんな高いところに来れるんだね、そんな心持ちだ。
降りる方は意外と簡単だと知った2人は、先ほどの上りより少し早めに下っていく。そこには、もう1人少年がいた。
「りゅうせいさま、あかねさま。ごはんのごしたくが、できております。」
メモを見ながら言う少年は、2人と同じぐらいの年齢だ。流暢な敬語を話せたのはメモにあったせいだろう。いくら頭が良くても、小学生になるかならないかの子供には、無理な芸当だ。
少年は少女の腕をつかんで前に出ると、迎えに来た少年を追い越して走った。
「りゅうせいさま!りゅうせいさま!」
「いいんだ、おいておけばいいんだ。えいなんて!」
“えい”は、涙した。悔しかった。妾の子供というだけで、奴隷のような事ばかりさせられる。女中たちだって、本家の血筋など気にせず、遊び歩く娼婦のような、一族が言う“汚れた”血しか見ない。
子供ながらに、自分は殺されることが分かっていた。りゅうせいさまのお母様が、そういう人だと分かっていたからだ。しかし、生きているのが不思議だった。
「ぼく……」
――死んでもよかったのに。
「英!」
「!」
一族の代表が集結する屋敷――例の、流星と健太郎が暴れた屋敷だ。その裏の木の枝に、英と健太郎は潜んでいた。まるで、タイミングを図っているかのように。
以前の一件で集会が運ばなかったため、急きょもう一度集会を開くことになったのだ。
しかし、英はともかく、正式に許可が出ている健太郎まで闇にまぎれている。属魔法で気配は消してあるので、流星に見つかることもない。
「何してんだ、もうすぐ始まるぞ。」
「あぁ……御免、健さん。ちょっと昔のことを、ね。」
「流星と朱音か?」
「ま、そんなもん。」
「お、始まる。行くぞ。俺が炎の剣で天井をぶち抜く。お前はその衝撃から俺らをダメージから守りつつ、お前のその能力で俺の力を高めろ。いいな。」
「ハイハイ」
マイクテストが終わる。流星が前に出て、部下たちが考えた今日の内容を確認する。
健太郎がいないことに気付いた朱音が、流星に駆け寄る。そんなことはいいだろう、とでも言いたげに、流星は始めの言葉を述べる。
「では、これから臨時集会を……」
「ハイハイハイハイ、ちょっとたーん…………まっ!」
「?!」
天井から物凄い音がするとともに、焦げた異臭がした。属魔法を持たない分家の人間の何人かは、死んだだろう。力を持つ本家の人間たちは、自らをガードしつつ、当主・葵、妻・恵知、次期当主・流星を守る。朱音もそうだ。
「また……お前か。で?横の男は誰だ?味方でも作った……」
「流星、あの人が英よ!」
「?!あいつが、例の……」
流星の目線が鋭くなる。しかし健太郎と英は、臆するどころか火花を散らすように、流星と朱音のもとへ向かう。
それを阻む流星のお付きのものは、健太郎が攻撃し、絶命しかけたのを英が治療していく。
「英でございます、流星様?」
「何しに来た。」
「ひどいなぁ、せっかくの兄弟の対面じゃぁないですじゃ。腹違いだけど。」
「英、無駄口叩くな。」
「はーい、健さん。」
「で、お前ら何が目的だ?」
健太郎は、流星からマイクを奪うと高らかに言った。
今まで彼らがしてきたシリアスなそれとは全く違う。少年の様で、悪人のような、意地の悪い声。そして、言葉。
「英も、当主合戦にいれてくださーい!」
「もちろん、健さん派だけどね。」
土屋本家内に、堂々と構える桜の樹。その少しばかり太い枝に、英はいた。その手には黒い猫。複雑な環境で育った、英の唯一の友達だ。
「お、どうした。」
英の腕にいた黒猫は、自由気ままにスルリと抜けた。結局己しか信じる者はいないのかと、英は思う。
「……おふくろみてーだな。」
英の母……の、名前は知らない。流星とかいう自分の異母兄弟の母と同じ日に関係を持って、同じ日に母になった、というのは、母とかいう女から耳がタコになるほど聞かされた。
英が知っている名前はほんの少し。
土屋英(自分、らしい)
土屋流星(自分の異母兄弟で、しかも双子のような関係らしい)
土屋朱音(名前しか知らない)
そして、土屋健太郎。何かあったら、彼を頼れと母らしい女に言われた。
英は、何も聞かずに育った。興味がないからだ。思い出したくもないからだ。
裕福な家系の血が混ざっているものの、自分の母とかいう女が御当主の妾だと分かってからは、地獄のようだった。
戸籍などない。流星とかいうのの母親が、申請を許さなかったらしい。土屋というのは、そういう権力を持つお家柄らしい。だから、母とかいう女は、血反吐を吐く思いで自分を育てた……と思っていた。
朝も夜も仕事仕事。小さいころから一人でいた自分だが、真実を知った時から母を憎むようになった。
自分を放っておいて、俗にわが子に優しいと言われている“母親”は、男と遊んでいたらしい。そういう女だったらしい。
自由気まま。猫のようだと、母の取り巻きの男たちが言っていたのが、最初の母とかいう女の印象だ。
さびしいとは思わなかった。憎んでいることで、それを隠していたのかもしれない。
それが頂点に達した時、英は、母とかいう女を殺した。
属魔法が、開花した。特殊なことだ。属魔法は、本家の血が流れ者しか使えず、しかも訓練して強くなると聞いていた。
さて、自分はこれからどうするか。母とかいう女と同じように生きるか。
それは、プライドが許さない。
そうだ。
『あいつらを……自分をこんな目にした土屋家を……』
殺そうと思った。
自分の目標の上、何しろ情報が少ない。そこで、母とかいう女の言葉を思い出した。
“健太郎様を、頼りなさい”
「お、健さんからだ。飯はまだだ、遊んで来い。」
猫は、ニャーと鳴いて英のそばから離れる。
「健さん、満月ですね。狼男になっちゃいます?」
『馬鹿言うな。今日はどうした。』
「会いましたよ、朱音と。真実も伝えてきました……軽くだけど。」
『それでいい。引き続き、属魔法の訓練でもしとけ。殺してもいい、俺が許可する。』
「えー、流星が俺に勝つとでも?」
『あいつは朱音が絡むと性格変わるからな。』
「ハイハイ。」
闇はやがて光を呑みこむ。
携帯を切った英は、満月を見て思った。
「狼男に……なれたらいいのにな。」
真に願う。
孤独な男の、願いだ。
子供には富士の山のように高く見えるそれ。少年と少女は、下からそれを見上げていた。
日も夕暮れ。2人はそれの登頂をしなければならない。するまで変えるなと、少年は母親に言われ、少女はそれを見張るように言われた。
“あいつの子供はできるから”と。“お前は命を落としても、彼を守るべきだから”と。
「りゅうせいさま……」
「だ、だいじょうぶだ、あかね。こんな金属、こわくない。」
「こわくない……」
お互いそう言い合って、少しずつ登っていく。
少年は先陣をきり、少女は少年が危険にならないようにと、子供ながらに後ろについていた。
「あかね、おいで。」
「はい……」
ゆっくり、ゆっくり。
鉄の富士に登った2人は、水平線に沈む夕日を眺めていた。そして、お互いの顔を見て、笑う。そこに恋とか愛だのはない。頑張れば、こんな高いところに来れるんだね、そんな心持ちだ。
降りる方は意外と簡単だと知った2人は、先ほどの上りより少し早めに下っていく。そこには、もう1人少年がいた。
「りゅうせいさま、あかねさま。ごはんのごしたくが、できております。」
メモを見ながら言う少年は、2人と同じぐらいの年齢だ。流暢な敬語を話せたのはメモにあったせいだろう。いくら頭が良くても、小学生になるかならないかの子供には、無理な芸当だ。
少年は少女の腕をつかんで前に出ると、迎えに来た少年を追い越して走った。
「りゅうせいさま!りゅうせいさま!」
「いいんだ、おいておけばいいんだ。えいなんて!」
“えい”は、涙した。悔しかった。妾の子供というだけで、奴隷のような事ばかりさせられる。女中たちだって、本家の血筋など気にせず、遊び歩く娼婦のような、一族が言う“汚れた”血しか見ない。
子供ながらに、自分は殺されることが分かっていた。りゅうせいさまのお母様が、そういう人だと分かっていたからだ。しかし、生きているのが不思議だった。
「ぼく……」
――死んでもよかったのに。
「英!」
「!」
一族の代表が集結する屋敷――例の、流星と健太郎が暴れた屋敷だ。その裏の木の枝に、英と健太郎は潜んでいた。まるで、タイミングを図っているかのように。
以前の一件で集会が運ばなかったため、急きょもう一度集会を開くことになったのだ。
しかし、英はともかく、正式に許可が出ている健太郎まで闇にまぎれている。属魔法で気配は消してあるので、流星に見つかることもない。
「何してんだ、もうすぐ始まるぞ。」
「あぁ……御免、健さん。ちょっと昔のことを、ね。」
「流星と朱音か?」
「ま、そんなもん。」
「お、始まる。行くぞ。俺が炎の剣で天井をぶち抜く。お前はその衝撃から俺らをダメージから守りつつ、お前のその能力で俺の力を高めろ。いいな。」
「ハイハイ」
マイクテストが終わる。流星が前に出て、部下たちが考えた今日の内容を確認する。
健太郎がいないことに気付いた朱音が、流星に駆け寄る。そんなことはいいだろう、とでも言いたげに、流星は始めの言葉を述べる。
「では、これから臨時集会を……」
「ハイハイハイハイ、ちょっとたーん…………まっ!」
「?!」
天井から物凄い音がするとともに、焦げた異臭がした。属魔法を持たない分家の人間の何人かは、死んだだろう。力を持つ本家の人間たちは、自らをガードしつつ、当主・葵、妻・恵知、次期当主・流星を守る。朱音もそうだ。
「また……お前か。で?横の男は誰だ?味方でも作った……」
「流星、あの人が英よ!」
「?!あいつが、例の……」
流星の目線が鋭くなる。しかし健太郎と英は、臆するどころか火花を散らすように、流星と朱音のもとへ向かう。
それを阻む流星のお付きのものは、健太郎が攻撃し、絶命しかけたのを英が治療していく。
「英でございます、流星様?」
「何しに来た。」
「ひどいなぁ、せっかくの兄弟の対面じゃぁないですじゃ。腹違いだけど。」
「英、無駄口叩くな。」
「はーい、健さん。」
「で、お前ら何が目的だ?」
健太郎は、流星からマイクを奪うと高らかに言った。
今まで彼らがしてきたシリアスなそれとは全く違う。少年の様で、悪人のような、意地の悪い声。そして、言葉。
「英も、当主合戦にいれてくださーい!」
「もちろん、健さん派だけどね。」
作品名:最後に笑うのは誰だ―7 作家名:小渕茉莉絵