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冷たい刃

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「どうして、どうしてなの……?」
 喉元に当てられた銀色の冷たい刃。
 ドラマや映画で見慣れていたはずのそれは、感情を持たないただの物体であるにも関わらず、残忍で、冷酷な意志に満ち満ちていた。
 いや……違う。
 私は認めたくないだけだ。
 その背筋の凍りつくような意志が、目の前の彼から発せられているものだということを。
「何度言ったらわかるんだ? 本当に君は馬鹿だな、カナエ。……まあいい、冥途の土産にもう一度だけ教えてやるよ。そうだ、僕は優しいんだ。私の、優しい優しい白馬の王子様……だったっけ? ははは」
 数日前私がメールに打った、その恥ずかしい呼称を彼はわざと繰り返す。
 けれど、憎たらしいと思うことすらできない。
 彼の顔を見ていると。
「僕は君を殺すために君に近づいたのさ」
「どうして?」
「どうして、だって? 理由が聞きたいのかい? わかった、教えてやるよ。確かに君は金持ちで美人だが、そんなことは僕にとっちゃ二の次三の次だね。僕が君を選んだ理由は、殺しやすそうだったから、ただそれだけなんだよ」
「だから……それがどうしてだかわからないって言ってるのよ」
「『コウくんは私を愛してくれてるんだもの、そんなはずない』って? はっはっは! ナイフ突きつけられてもそんなこと考えてられるなんて、傑作だね! 見上げた良妻だ!」
「そういうことじゃないわよ」
「……ん?」
 彼は少し意表を突かれたような顔になった。
 少しかわいいと思ってしまった自分が嫌だった。
「どう考えたら私が殺しやすそうってことになるのか、そこが納得いかないの」
「……訂正、君は馬鹿どころか狂人だな。今から殺されようって時にそんなことを訊くかよ? 怖くないのか? 僕に裏切られて、悲しくないのかよ?」
「もちろん、怖いし、悲しいよ。でも、訊いておくべきことは訊いておかないと」
「……なんだそりゃ。ふん、まあいい。約束は守ろう」
「婚約は?」
「結婚ならあの世でしてやるさ」
「嘘つき。コウくんは地獄行きよ」
「バレたか」
「それで、どうして?」
「なに、簡単な話だ。君が人を信じて疑わない人間だったからだよ」
「……それだけ?」
「ああ」
「それって、おかしくない? 殺すだけなら私みたいなお嬢様を狙うのは効率が悪いじゃない」
「効率って……あのさ、僕にとって殺しは人生の楽しみなんだよ。仕事でやってるわけじゃないんだから、効率とかはどうでもいいんだよ。僕が求めているのはロマンさ。自分を心の底から信頼し、幸せの絶頂にある女を、一気に奈落の底へと叩き落とす。これぞ至高の快楽、男のロマンさ。わかるかい?」
「わかるわけないでしょ」
「そりゃあそうだ、理解されたら困る……にしても、つまらない反応だ。こりゃあ今回は失敗だな」
「今回……? ……そっか、これまで何度も同じことをやってるってわけね」
「ああ、その通り。君にとって僕は一人でも、僕にとって君はたくさんのうちの一人でしかないんだよ」
 そう言って彼はにいっ、と笑う。
 薄く歪んだ唇の端が、ナイフの刃の切っ先に似ていて美しいと私は思った。
「それじゃ、そろそろ死んでもらうとするよ。本当は泣き叫び苦しみ悶えてほしいところだが、どうも君はダメだ。肉体的苦痛も精神的苦痛も、あまり効果がなさそうだし。……ただ、僕のことを愛しているというんなら、せいぜいこの上なく切なげな表情をして殺されてくれよ」
 ナイフを握る彼の右手に力がこもる。
 私は最後に少しだけ、愛しい人々に思いを馳せた。
 お父さん。反抗ばかりしちゃってごめんなさい。お父さんのお堅いところ、大嫌いだったけど、今はそうでもないかも。そうやってずっと私を守ってくれてたんだもんね。本当は誰より私のことを考えてくれてたんだよね。コウくんとの結婚も、渋々だけど最後には認めてくれたし……まあ、こんなことになっちゃったけど。それは私の男を見る目がなかったってことで、お父さんのせいじゃないからね。
 お母さん。ずっと私の良き理解者でいてくれて、ありがとう。お母さんのさりげない心遣いには、見習うべきところがたくさんありました。我が家の大黒柱って、実はお母さんだったんじゃないかなあ、って私は思ってます。しみったれた話は嫌いだと思うから、これくらいにしておくね。お父さんと覚のことよろしくね。
 覚。覚は私と違って、頭がよくて、周りに迷惑かけない子だから、将来は絶対安泰だろうとお姉ちゃんは勝手に思ってます。ひ弱に見えるけど、けっこう男らしいところもあって頼りになるから、きっと素敵なお嫁さんが見つかるよ。ただ、喧嘩別れになっちゃうのが少しさみしいかな。まさかコウくんとの結婚に、覚があんなに反対するなんて思わなかったよ。でも、結局いつもみたいに覚が正解で、お姉ちゃんが間違ってたんだね。ごめんね。
 そしてコウくん。君はほんとにひどいやつだ。すっかり騙されちゃったよ。……でも、あんまり悪い気がしないのが不思議だね。こうしてナイフを突き付けられても、君は相変わらず私の白馬の王子様なんだもの。……もしかしたら、私はある意味幸せなのかもしれないね。だって、君がいくら私を騙していたんだとしても、君と過ごした日々は私にとって宝物で、君が私にくれたたくさんの楽しい気持ちや嬉しい気持ちや愛しい気持ちは、ぜんぶ本物なんだから。もちろん、本当は結婚して、子供を産んで、幸せな家庭を築くのが一番だったけど……けど、これも悪くないかな、って今は思ってるよ。って、どんだけ好きなんだよって話だよね、馬鹿だ私は――
「――じゃあね、カナエ」
 彼が最後の言葉を告げる。
 ああ、まだたくさん、いろんな人のことを考えていたいのに……。
 死ぬ直前は時間の流れがすごくゆっくりになるって聞いてたけど、そうでもないじゃないか、誰よそんな無責任なこと言ったの。
 ……仕方ない。とりあえずこれだけは口に出して言っておこう。

「ありがとう」

 彼の顔に衝撃が走ったのが見えた。
 ふふ、お返しだ、ざまーみろ。
 ――バチッ。
 私は闇に落ちる。


 
「いかがでございましたか?」
「ああ、やっぱりつまらなかったね」
 僕は頭に取り付けられたヘルメットのような重々しい装置を外して、ふう、と一息ついた。
「左様で。しかし、殺害したご本人様にお会いできるとは、私としても心躍るものがありますよ」
「まあ、そりゃ、そんなによくあることではないだろうね」
「ええ。……ところで、一体どうやってこのようなものを? 装置を使わずに、記憶を、それも死者の記憶を抽出するなどということが可能なのですか?」
「そんなわけはないだろう。というか、実際のところ、僕は彼女を殺してはいないんだよ」
「……? それは、一体どういう……?」
「今の記憶の最後のとこで、バチッって音がしなかったか?」
「……そういえば」
「しただろ? あれは、スタンガンの音なんだよ」
「……なるほど! 殺す直前にスタンガンで……!」
「そう。その後気絶したターゲットの記憶を装置にかけて抽出するのさ」
「それから被害者を口封じ、ですか」
作品名:冷たい刃 作家名:遠野葯