江ノ島ガール
僕の思いは奇怪な笑い声と波音にかき消された。どこか諦観の念で濡れた前髪をかき上げる。こうなる予感はあった。そもそも酔っ払いと江ノ島に来た時点でフラグは立っていた。面倒くささよりも海水の冷たさと砂浜の糠みたいな感触がまさった。馬鹿女、と呟いて立ち上がり、僕は片手に仕込んだ泥を大きく振りかぶって、ミチルに投げた。ミチルが奇声をあげた。それが泥仕合開始の合図だった。
僕たちは何の因果か奇跡か、結局明け方までそこにいた。問題は帰りで、全身を潮と砂と海水でべたべたにして、下着までべとべとで気持ち悪いとか言ってスカートとズボンを露出狂すれすれまでまくり上げて始発へ向かう僕らは、ひどいもんだった。が、幸いなことに僕らは外見偏差値がどれだけ下がっても問題のない相手同士だった。
「ねえじゃあもし絶対生まれ変わんなきゃいけないとしたら、どうなりたい?」
性懲りも無くミチルが言った。僕が少し考えて「お酒が飲めない女の子」と答えると、「かわいこぶってんじゃねーよバーカ」と言ってミチルは怒りながら笑った。夜明けが近かった。歩けば歩くほど夜は青く透けていった。ミチルの言う通り、透明な青だった。
「あ!わかった。じゃあさ、生まれ変わったら結婚しようよ。あたしたち」
ミチルがまた頓珍漢な提案をした。なんだよそれ。意味不明通り越して無意味。と思ったけど、「ね?」 そう言ったミチルがあんまりにも屈託なく笑ってて、僕は何も言えなくなった。そこまで拒否するのも酷な気がした。僕の沈黙を肯定と捉えたのか、ミチルはそのあと鼻歌なんか歌い出したりして終始ご機嫌だった。夜に朝が近づいても僕らの心の距離は一向に縮まりそうになかったけど、ひとけの少ない貸し切りみたいな江ノ島が僕らを陽気に、寛大にした。僕はミチルに感謝した。それくらいどこもかしこも青く透明で、うつくしかった。このまま明けないでずっと続いていく気がしたし、こんな僕らでも透明になれる気がした。僕が男であることもミチルが女であることも僕らが愛し合えないことも、みんな忘れてしまえるくらい、透明な夜だった。