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ボタン

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 とは言え、北沢は落ち込み、悔やんでいた。もちろん自分は爆弾など仕掛けてはいない。しかし、起爆ボタンを押してしまったことは事実だ。しかも、二度続けてである。一度目は騙されてボタンを押したとは言え、今思えばあの黒ずくめの男は怪しかった。それに気づけなかった自分が情けない。二度目は、後で冷静に考えてみれば、四角い方のボタンこそが本当の降車ボタンに決まっていると思える。普段押している形とは全然違うあの丸いボタン。あれが降車ボタンのはずが無い。おかしいと、気づけたはずだし、気づくべきだった。あの「本物」という表記に、まんまと騙されてしまったが、もっと注意していれば見抜けたはず。そう思えてならなかった。

 学校での周囲の人の対応も変わっていた。今までは「それとなく北沢を避ける」という感じだったものが、今ではみんなが露骨に北沢を無視するようになった。一方では二度起爆スイッチを押したことへの罪悪感があったが、もう一方では、犯人でもないのに無視などという扱いを受けて、割り切れない気持ちもあった。爆弾なんてしかけてないんだ!心の中でそう叫んでいた。

 北沢はその日の講義を終え、いつものように一人帰路についた。いつも通り目白川のバス停で降りる。ここからは住んでいる一人暮らしのアパートまで徒歩15分くらいか。北沢は歩き始めた。今日は少し暑い。喉が渇いた。ジュースの自動販売機の前を通りかかる。コーラがとてもおいしそうに見える。しかし、我慢した。北沢は決意していた。もう二度と、ボタンは押さないと。それが自動販売機のボタンであれ、エレベーターのボタンであれ、自分はもう一生、何もボタンを押さずに、生きる。それが、起爆スイッチを故意ではないものの押してしまうという過ちを繰り返さないための、北沢なりに考えて出した答えだった。そして、カラカラの喉もそのままに、自販機の前を通り過ぎた。が、振り返る。自販機を見て思う。果たしてこの現代社会において、ボタンを全く押さない生活なんてできるのだろうか・・・。喉が渇いた。いっそ、ジュースを買ってしまおうか。そこまで考えて、北沢は何度も首を横に振った。弱い考えを振り払うかの様に。ダメだ、ボタンを押すなんて。絶対に。自分はボタンを押さない生活をやり遂げなければならない。なぜならば、1回目と2回目の爆発合わせて29人の死、その重みを僕は背負って生きていかなければならないからだ。29人の命を背負い、僕はやり遂げる。そう考えたその次の瞬間、
「ん?なんだこれ・・?」
 北沢は自販機のお釣りの取り出し口の横に、丸い、見覚えのあるボタンがついているのを見つけた。

 その丸いボタンの横には説明書きが貼ってあった。
「このボタンを押すと足が速くなります(本当)」
 あまりにもバカバカしいことが書いてあった。なわけねーだろバカ、と思った。そして足早に自販機の元を立ち去ったが・・・立ち止まり、振り返る。
「もしかして・・・」
 万が一・・・本当なのではないか?そんな思いが頭をかすめる。が、すぐに自分の中で否定する。本当なはずが、ない。いやだけど、(本当)って書いてあったのだから、本当なのではないか。いやしかし、書いてあったってそれが本当とは限らないだろ。本当か、嘘か、信頼と不信が頭の中を交互に駆け巡った。そうしているうちに、思い出す。自分は29人の命にかけて、ボタンを押さないと誓っていることを。そうであれば、たとえ本当であったとしても、自分はボタンを押してはいけないのだ。北沢は自分の取るべき正しい行動を完全に理解した。その上で、思った、ぶっちゃけ押してぇなぁ~、と。別にたいして足が速くなりたいわけではない。陸上部でもないのだ。だけど、好奇心ってあるだろう。これ、すごく興味あるよ。北沢はボタンを押した。遠くで爆発音が聞こえ、今までテレビや映画の中でしか見たことがないような大きなキノコ雲が上がった。


5 懺悔の終わり

 北沢は刑事に手錠をかけられ、叫んだ。
「ちょっと待ってくださいよ刑事さん!僕は起爆ボタンだなんて知らなかったんですよ!いや、マジで!」
 刑事はかまわず北沢の手をひく。
「うるせー!来いおら!」
「いたたた、痛いっすよ刑事さん!」
 たまたま近くに居合わせた人たちがその逮捕劇を見守っていたが、一様に侮蔑の視線を北沢に投げかけていた。ついに逮捕されたのだった。

「結局その後裁判になりましたが、僕は証拠不十分で無罪になったんです・・・」
 北沢はようやく全ての経緯を神父の前で語り終えた。それでも北沢は言葉を続けた。経緯は全て語った、だが、自分の思いはまだ吐き出しきれていない。
「神父様!確かに僕は法的には無罪になりましたが、自分に何も罪がないとはもちろん思っていません!3度も起爆ボタンを押してしまうなんて・・・。一度目も二度目もしっかり注意していれば防げたはずだし、三度目は意思を強く持っていれば防げたはずなんです!それなのに・・・。とてもたくさんの方が僕がスイッチを押したために亡くなってしまいました・・・」
 北沢は泣いていた。涙を隠そうともせずに、続けた。
「これから僕は、多くの人の死という罪を背負って生きていかなければなりません。それは分かっているんです神父様・・・。でも、でも、そのあまりの罪の大きさに、とても苦しいのです神父様。苦しくて苦しくて、僕はもう、どうにかなってしまいそうです・・・」
 もはや号泣している北沢に、神父は優しく語り掛ける。
「安心しなさい迷える子羊よ。神は偉大です。全てをお許しくださいます」
 驚愕に目を見開く北沢。
「ほ、本当ですか???」
「もちろんですよ・・・このボタンを押しさえすれば」
 答えながら神父は何かを取り出し、それを北沢の目の前においた。それは丸い形のボタンだった。
「な・・・」
 驚きのあまり言葉がでない。
「な・・・な・・・なんですか、コレ」
「それは押すと、神が全てをゆるしてくれるボタンです」
 全身が震えてくるのが分かる。
「そんな、バカな・・・。そんな都合のいいボタンがあるわけがないじゃないですか・・・」
「信じるのです・・・迷える子羊よ・・・」
 神父は促した。
「う・・う・・・」
 うめき声をだしながら、震える右手をボタンにむかって伸ばしていく北沢。だが押す直前で、ピタリと手が止まる。自分の左手で自分の右手の手首をつかむと、ボタンの近くまで伸ばした右手を自分の胸の位置までぐいっと戻し、ぎゅっと握った。
「あぅ・・・あう あう」
 うめきながら、いやいやするように首を横にふった。決して押すまいとする心の現われなのだろうか。それとも、押したいという感情の波と闘っているのか。そうしている間にも、体は震え、心臓の鼓動はどくどくと音を立てる。もはや北沢に何かを考えるような理性は残っていなかったが、傍目から見れば、押したくて押したくてたまらないのを、必死で我慢しているように見えただろう。
「あううううー」
 一度戻した手を再びボタンに向かって伸ばし始めた。
「あう あう あう」
 北沢はよだれをたれ流していた。その表情はいたずらっ子が「えへへ、おしちゃうぞぉ」と言っているかのような表情だった。
「うあー!!!!」
作品名:ボタン 作家名:ゆう