分化するとき
もごもごと何か言いたげにムギは言葉を濁す。ソラは、次に続くであろう言葉を想像して、少しだけ苛々していた。こうしていつも、背負う必要のないはずの自分の責任まで自らのものとして背負い込む姿を、見ているだけでどうする事もできないのだ。そういった、自分が背負わなくてはならないと自負するムギのやり口に苛立っているのかもしれないし、それを心底から突き放し拒んでしまう事に躊躇いを感じてしまう自分に苛立っているのかは分からない。ただ、こうして申し訳のなさそうな顔をしているところを見ると、自分がそうすべきであるのに相手がしてしまって、胸の内にあったものをそっくり抜き取られたかのようなむず痒い感覚になる。こちらに向けた言葉として形を持った時はまだ良いものの、言葉にすらしないでぼんやり考え込んでいる時は大抵自分の中で勝手に消化しようとしている時だと、ソラは知っていた。今は身体が怠い事もあって、更にムギは頭の中で反芻する事に決めたのだろう。ソラはすっと深呼吸すると、ソファに凭れるのをやめてムギの方へ向き直る。どうした、という優しげな視線を向けられるのも、その内で反芻する責任感が濁っていると思うと苛立たしさのような、悲しさを覚える。
「……ねぇ、どうしてなの。僕ら、二人で一人でしょ? 双子なんでしょ? そうやってさ、ムギばっかり、どうしてそんなにつらそうにするの。これから先、今日みたいな――怖い事だって沢山あるかもしれない。それなのに、ずっと、ずっとそうやって、いつも」
言葉が、舌がうまく回らない。気付けば、ムギの襟を掴んでいた。少し困惑したような表情で、こちらを見ている。
「わ、分かったって。だから、泣くなって、な?」
「何、も、分かって、ないだろ! この、バカっ!!」
バカって何だよ、とムギは苦笑いする。それすら腹立たしくて、掴んだ襟をガクガクと揺らす、そんなソラの様子に少し笑いながら、ムギは頭を撫でる。分かってない、とか、何だよ、とばかりソラはずっと言いながら涙を流すが、それ以上の言葉が出てこないようで。怖かったな、もう大丈夫だから、とムギもそれに返すが、結局はまた、分かってない、とソラは返すばかりだ。
「……もう、二人だから。こんなのがきっかけになるなんて嫌だけど、もっと……もっと、強くなっていかねーと。オレも、ソラも」
「……当たり前だろ……っ」
鼻をすすりながら、ソラは自分の顔をごしごしとやる。言いたい事の全ては伝わっていないのだろう、ただ、もう二人しかいないのだと。なんとなく暗黙の前提として持っていたこれが、実感として降ってきたようで。それと共に、今まで当たり前として受け取っていたムギのやり口が気になってしまう。でも、これを変えさせるには、自分もまた彼から少し離れた位置に立たなくてはならない。でも、そんな事は想像出来ない。その一方で、彼の庇護に苛立ちを感じる。自分の我が儘なのかもしれないし、それを彼が許してしまうのでつい甘えてしまう。彼の言うように、強くならなくてはならないのだ。そういう意味合いで彼は言ったわけではないかもしれないが、それを自覚させるためにも、自分がまず、彼から分化しなくてはならない。二人で一つだが、一つが二人なわけではないのだ。
「だから……今日は、もう。眠れなくても、眠ろう。明日もちゃんと、二人で生きていくために」
「…………うん」
ムギの言葉は、額面通りの意味だ。それでも、ソラには少し悲しいような、でもそれすら振り切っていかなくてはならないものを覚える。ソラが掴んでいた襟をぱっと離すと、ムギはそのままソファへまた凭れる。ソラもまた、眠り易いようにその横で身体を丸くする。
「……おやすみ」
「……ん、おやすみ」
ぎゅっと目を閉じると、自分の輪郭がくっきりするような気がする。今まで曖昧だった二人の境界線が、やっと見えるように覚えた。だが、もしかしたらそれに気付いてしまっているのは自分だけかもしれない。相手を自分の弟として対象化していると思い込んでいる彼の方が、未分化なままなのかもしれない。もしそうだとしたら、自分が彼をその危うさから守るように目を開けていかなければならないだろう。気付いていないなら、気付かないままでもいい。自分としての相手ではなく、相手を相手自身として見られるようになるのがきっと自分の役目だ。頭で分かっているが、自分の手は彼の袖を離そうとしない。それすらも見つめながら、明日から一緒に歩いて行くのだ。そんな小さな決心をしたまま、意識は紙縒のように細く、糸のように繊細に夢の中へと消えてゆく。