青いワンピース
わたしは市立病院に勤務して、ようやく2ヶ月が過ぎたばかりの新米ナース。
配属されたのは外科病棟で、今日は初めての夜勤になった。
ベテランの江沢さんが一緒なので心強い。
「石井さん。悪いけど、薬局に行ってきてくれる?」
江沢さんから薬品をとってくるように言われ、5階の病棟から1階の薬局までいくため、エレベーターに乗った。
病棟は明るいが、病室のない廊下は所々しか電灯がついておらず、暗いため、何となく気味が悪い。
おまけに梅雨に入り、外はしとしとと雨が降っている。
この病院には、嫌な噂があるとは聞いていないが、それでも夜の病院の独特の雰囲気には背中が薄ら寒くなる。
1階の長い廊下を歩き、その先にひときわ明るくなっている受付が見えた。薬局はその先にある。
外来の待合室を通りかかったときだ。ベンチに男の人と女の子が座っていて、わたしの方を向いた女の子が声をかけてきた。
「あ、石井のお姉ちゃん」
近所の家の子だった。
「あら、ゆきちゃん。どうしたの?」
そばにいた父親が軽く会釈して口を開き、
「いや、おふくろが階段を踏み外して……」
と言いかけると、ゆきちゃんが素早く答えた。
「今ね、お母さんがつきそってレントゲン撮ってるの」
「そう。骨に異常がないといいですね。お大事に」
と言って、その場を離れようとしたそのとき、端の方のベンチに女の人が座っているのが見えた。気になったので近づいてみると、見覚えのある横顔だった。
「水木さん?」
わたしは声をかけた。
すると、水木さんは立ち上がりこちらを向いて、にこやかな笑顔を見せた。シンプルな青いワンピースがとてもよく似合っている。
「石井さん。今日は夜勤なの?」
「ええ、初めてでどきどきなんです。水木さんはどうなさったんです?」
「ちょっと、調子が悪くて……」
「まあ、それなのにお一人でいらしたんですか? でも、ちょうど、今日は主治医の鈴木先生の夜勤なので良かったですね」
わたしは何気なくそう言うと、薬局へ急いだ。
水木さんは、わたしが勤め始めたと同時にこの病院に入院した患者さんだ。病気は肺ガンだった。
明るく朗らかな性格で、ナースばかりでなく、病棟の患者さん達の間でも人気者になった。
手先が器用で、何かしら針仕事をしていて、巾着などを作ると他の病室の患者さんにプレゼントしていた。
わたしが右往左往していると、やさしく声をかけてくれて、子どもがいないということで、わたしには娘のように接してくれた。
薬品をもって病棟のナースステーションに戻ると、鈴木先生が来ていた。
江沢さんとお茶を飲んでいる。
「ご苦労様。石井さんの分も入れてあるわよ。今のうち、ちょっと一服しましょ」
「は、はい。すみません」
江沢さんの言葉に、わたしは上の空で返事をしながら、ぽかんとして鈴木先生の顔を見ていた。
「ん? どうした?」
先生はいぶかしんでわたしをみた。
「あ、あの。今、待合室に水木さんがいたんですけど、もう診察されたんですか?」
「え?」
先生は驚いた顔をして、江沢さんと顔を見合わせた。
「いや。水木さんは来ていないよ。今、浅見先生が一人診ているけど」
先生はそういった。
「でも、わたし、今……」
「いやね。石井さん。初めての夜勤で緊張しているんじゃないの? 水木さんとは仲が良かったものね」
「は、はあ」
「さ、お茶でも飲んで、リラックス、リラックス」
その日は、結局、救急患者も搬送されず、病棟の入院患者の急変もなく、わたしは初めての夜勤を無事に終えたのだった。
配属されたのは外科病棟で、今日は初めての夜勤になった。
ベテランの江沢さんが一緒なので心強い。
「石井さん。悪いけど、薬局に行ってきてくれる?」
江沢さんから薬品をとってくるように言われ、5階の病棟から1階の薬局までいくため、エレベーターに乗った。
病棟は明るいが、病室のない廊下は所々しか電灯がついておらず、暗いため、何となく気味が悪い。
おまけに梅雨に入り、外はしとしとと雨が降っている。
この病院には、嫌な噂があるとは聞いていないが、それでも夜の病院の独特の雰囲気には背中が薄ら寒くなる。
1階の長い廊下を歩き、その先にひときわ明るくなっている受付が見えた。薬局はその先にある。
外来の待合室を通りかかったときだ。ベンチに男の人と女の子が座っていて、わたしの方を向いた女の子が声をかけてきた。
「あ、石井のお姉ちゃん」
近所の家の子だった。
「あら、ゆきちゃん。どうしたの?」
そばにいた父親が軽く会釈して口を開き、
「いや、おふくろが階段を踏み外して……」
と言いかけると、ゆきちゃんが素早く答えた。
「今ね、お母さんがつきそってレントゲン撮ってるの」
「そう。骨に異常がないといいですね。お大事に」
と言って、その場を離れようとしたそのとき、端の方のベンチに女の人が座っているのが見えた。気になったので近づいてみると、見覚えのある横顔だった。
「水木さん?」
わたしは声をかけた。
すると、水木さんは立ち上がりこちらを向いて、にこやかな笑顔を見せた。シンプルな青いワンピースがとてもよく似合っている。
「石井さん。今日は夜勤なの?」
「ええ、初めてでどきどきなんです。水木さんはどうなさったんです?」
「ちょっと、調子が悪くて……」
「まあ、それなのにお一人でいらしたんですか? でも、ちょうど、今日は主治医の鈴木先生の夜勤なので良かったですね」
わたしは何気なくそう言うと、薬局へ急いだ。
水木さんは、わたしが勤め始めたと同時にこの病院に入院した患者さんだ。病気は肺ガンだった。
明るく朗らかな性格で、ナースばかりでなく、病棟の患者さん達の間でも人気者になった。
手先が器用で、何かしら針仕事をしていて、巾着などを作ると他の病室の患者さんにプレゼントしていた。
わたしが右往左往していると、やさしく声をかけてくれて、子どもがいないということで、わたしには娘のように接してくれた。
薬品をもって病棟のナースステーションに戻ると、鈴木先生が来ていた。
江沢さんとお茶を飲んでいる。
「ご苦労様。石井さんの分も入れてあるわよ。今のうち、ちょっと一服しましょ」
「は、はい。すみません」
江沢さんの言葉に、わたしは上の空で返事をしながら、ぽかんとして鈴木先生の顔を見ていた。
「ん? どうした?」
先生はいぶかしんでわたしをみた。
「あ、あの。今、待合室に水木さんがいたんですけど、もう診察されたんですか?」
「え?」
先生は驚いた顔をして、江沢さんと顔を見合わせた。
「いや。水木さんは来ていないよ。今、浅見先生が一人診ているけど」
先生はそういった。
「でも、わたし、今……」
「いやね。石井さん。初めての夜勤で緊張しているんじゃないの? 水木さんとは仲が良かったものね」
「は、はあ」
「さ、お茶でも飲んで、リラックス、リラックス」
その日は、結局、救急患者も搬送されず、病棟の入院患者の急変もなく、わたしは初めての夜勤を無事に終えたのだった。