しっぽ物語 11.豚飼い王子
ボウルに入ったタマネギを取ろうと手を伸ばした時、ふとテーブルに眼をやると、小さなレコーダーには電源が入っている証のランプが煌々と輝いている。正面の窓から差し込む日差しの強さにも負けない赤い光をつまんで掲げ、Oは機械がはっきり認識してしまうほど大きなため息をついた。
「一つ、俺が家に帰ったら、お袋は泣いて喜ぶ。だから今はまだ帰れない」
ステンレスのボウルに映った母親とよく似た顔は、吐き気を催すほど歪んで見えた。
「帰るところがあるって幸せだよね、安心できるから。その点女は可哀相」
仕事用のシャツに袖を通しながら中を覗き込んだDは、Oの姿を確認して一瞬空腹の苛立ちを引っ込めた。虚を突かれた顔と、まだ腰の辺りに残る青痣が滑稽に思えて、Oは笑った。普段なら、こんなくだらないことには鼻すら引っ掛けないのに、せめて笑いでもしないとやりきれない気分だった。
「二つ、やっぱりLに会いに行くよ。女の話を聞いて決めた。そんなビッチだったなんて、知らなかったから」
米とタマネギをフライパンにあけてしまう。ローズウォーターとチキンスープもまとめて注げば、換気扇を付け忘れていたキッチンは凄まじい匂いに覆われた。鼻がもげそうになる。彼女が作っていたのはこんな料理だったかと今になって不安が湧き上がるが、構いはしなかった。きっちりと昼食を取ったOは、最初から食べないつもりだった。余ったら夕食にまわそうと思っていたが、Rに全部押し付ければ良い。
「喜んでくれるといいね」
作品名:しっぽ物語 11.豚飼い王子 作家名:セールス・マン