シミツイタ、モノ
数十分後。ちょうど豪が影だけ踏んで境内を一周し終わった時、お経は上げ終わったようです。
本堂から住職さんと父と伯父さんが出てきました。そこに、先ほど豪が見た女の人はいませんでした。
(かえったのかな)
住職さんに指示されたのか、伯父さんは父と二人、焚き火の準備をはじめています。
「おとうさん、たきびしてどうするの」
「あの手鏡を燃やすんだよ」
「どうして?」
「あの手鏡がよくないものだからさ」
「ふうん」
そんな会話を交わしながら、父と伯父さんは焚き火の準備を終えます。住職さんが火をつけました。
轟轟と火が燃え上がっていきます。住職さんは例の手鏡を焚き火の中に投げ入れますと、再び難しそうなお経を上げはじめました。
一心に祈る大人二人(特に伯父さん)の姿に、豪も一緒になって手を合わせました。
『うふふふふ』
『あはははは』
女性の高い笑い声が響きましたが、少少音量が小さかったので、住職さんのお経を読む声にすぐかき消されてしまいました。
「さあ、帰るぞ」
「うん」
火が燃え尽きると、手鏡は完全に灰の塊になっていました。
父は豪の手をとって、三人はお寺を後にしました。伯父さんの顔色は、寺に来る前よりかなり良くなっていました。
「これで大丈夫だよな」
「ああ。流石に平気だろう」
言葉を交わすうち、伯父さんの家に着きました。
家の前で別れて豪たちも家へ帰ろうとしたその時、
「う、うわあぁぁぁ!」
「どうした、兄さん!?」
伯父さんの叫び声に、慌てて父は伯父さんの家へ駆け込んでいきました。そして暴れる伯父を落ち着かそうとしているのでしょう、ガタンだのバタンだのやかましい音も聞こえてきました。伯父さんはただ、叫び続けています。
声を聞きつけて、近所の住人が外へ出てきました。何故、叫び声をあげているのでしょう。豪は恐る恐る庭から家の中を覗いてみました。
「ああっ!」
豪は、すぐに伯父さんが錯乱して叫び続ける理由がわかりました。
彼の視線の先には――寺で燃え尽きたのを見届けたはずの手鏡が、玄関のたたきのところにぽつんと……。