Blood Rose
序章・家柄
「おはようございます、お父様」
小鳥のさえずりと、
柔らかい絨毯の感触が睡魔に助力するようだ。
しかし父の前で欠伸はご法度である。
そこには装飾の華やかなドレスに身を包んだ二人の淑女が眠たそうに立っている。
一人は栗色の髪が印象的で身長は小さく、齢は十代前半。
もう一人は淡い紫色の髪と赤色の瞳が印象的で、
齢は二十前後と言ったところだ。
エルフと呼ばれる種族は平均的に皆が美しいとされるが、
二人共若いながらに整った美しい顔立ちで、
朝日の眩しさに負けず凛とした表情が栄えている。
「おはよう、リディー、レイス。母様はまだお休みになられてるから、私が予定を伝えるよ」
優しく微笑んだ彼女らの父親は、
女性の紫掛かった髪に手を乗せて口を開く。
「リディーは上位法術の勉強をしよう。レイスは神聖法術の練習だ」
途中から栗色の髪に手を乗せ変えて、
撫でながら言った。
二人は優雅に、
それでいてかわいらしく一礼するとその場を離れる。
だがレイスと呼ばれた少女は、
数歩進んでから再び父に向き直った。
「ライアは今どこに居るかご存知ですか?」
「あの子は朝早くから起きて庭の掃除をしているよ。私達に美しい朝の風景を見て貰えるようにと、はりきっていたからね。優しい子だよ」
レイスは父の言葉を耳にした瞬間、少しだけ顔が強張ったが平静を装って同意を示した。
直後、
リディーがレイスを呼び付けて二人はその場を後にする。
煉瓦造りで情緒がある古い様式の建物だがかなりの敷地面積を有しており、
高貴な印象を受ける。
周囲が森林に囲まれていてその部分だけを切り開いたようだが、
規模の大きに負けずしっかりと手入れが行き届いており歩道も整備されているようだ。
中央の広い庭には様々な植物が植えられていて目を楽しませてくれる。
ここまで来ると持ち主はそれなりに良家であると容易に推測出来た。
「ライア、おはよう」
レイスが真っ先に足を運んだのは妹の元だ。
他の使用人よりも薄汚れた服のせいか、美しい金色の髪が一際目立っている。
ライアと呼ばれた少女は声がした方向を一瞬見てから、
服装を慌てて整えると姉に向き直った。
「お早うございます、御姉様」
深々と礼をしてはにかんだ笑みを浮かべた。
レイスは静かに深呼吸をしてライアが手入れをしている花壇に近付く。
「んー、いい香りね。ライアが優しいからお花も喜んでる」
そう言って膝を折り、ゆっくりと花に顔を近付けた。
透き通った香りが心地よい風と共に花の微かな香りが鼻腔をくすぐる。
その様子を見てライアも真似をし、
お互いに顔を見合わせて微笑み合った。
それから数分間、
姉妹で朝の日差しを浴びながら会話をしていたが、
レイスは父の言い付けがあるからと区切りを付けた。
そして立ち上がった瞬間、
風に煽られてバランスを崩すと先程見ていた花に触れて――
パサッ……
小さな花が一つ、
先端だけ地に落ちた。
「あっ……ごめんねライア。ちゃんとわたしがやったってお母様に言うから」
「いいんですよ、御姉様は何も悪くありませんから」
「何を言ってるの――」
ライアが少し俯いたのに気付き、
レイスが背後を振り返る。
「ちゃんとやってるの?」
母親だ。
微笑んでレイスの頭を撫でた後、
ライアを一瞥して鬼の様な形相に変わった。
「御母様これは!」
レイスが弁解するよりも早かった。
先程の心地よい風とは極端に性質が違う、
憤怒の風がライアを襲う。
頬を叩かれて倒れながらも、
花壇に突っ込まない様に無理矢理方向を変えたらしい。
通路と花壇の敷居になっている煉瓦に後頭部を強打して小さく悲鳴を上げた。
「御母様、私がやったんです!」
「庇わなくていいのよ」
「本当です!」
「……まぁいいわ、レイスは加減訓練に行きなさい。ライアは夕食の後私の部屋へ来る事、いいわね」
ふん、
と鼻を鳴らして去って行くのを見送ってからレイスはライアの元へ駆け寄った。
覚えたての魔法で少しでも痛みを和らげようと必死に詠唱を繰り返す。
半分意識を失っていたライアもやっと動けるようになったのか、
ゆっくりと立ち上がって服の汚れを落とした。
「大丈夫です、御姉様は何も悪くありませんから」
それきりライアは何も話さなかった。
夕食の最中、
父親とリディーはよく喋っていたが、
基本的に母親の怒りを納める為の会話だった。
母親の武勇伝などをリディーに聞かせるふりをして少しでも強く母親を褒めている様だ。
その母親と言うのも法術に関してかなり有名な血を継いでいる人物で、
法術とは生き物が産まれながらに持つ生命エネルギーのようなものを変換する術の事だ。
先天的な素質が比較的関連性が強い点から著名な家柄と言うだけで世間から尊敬の眼差しで見られ事もってか、
昔から気性が荒い性格だった訳ではないが、
世間から監視される続ける事で人格的な変化が起こった事が推測出来る。
長女のリディーは母親の血を色濃く受け継いでいる為、極めて素質の高い法術師として成長している。
次女のレイスは長女に劣るもののそれなりに高い素質を持っており母親からも可愛がられているが、
三女のライアに関しては全くと言っていい程法術が扱えずにいた。
ライアはこの後の事を考えていたのか口数も少なく、レイスも朝の事で頭が一杯だったようだ。
夕食が終わると、食器を下げる為にライアが立ち上がる。
「他の者に任せて、あなたは私に付いて来なさい」
「は、はい只今」
ライアが使用人として使われるようになってからと言うもの、
住み込みで働いている使用人達の仕事は極々簡単な物ばかりだったのだが、
珍しく仕事が回ってきたと若干驚きの表情で礼をして仕事に取り掛かった。
父親の部屋とリディーの部屋、そしてレイスの部屋は2階にあり、
母親の部屋は3階の見晴らしのいい場所に設けられていた。
しかしライアは1階の使用人が寝泊りしている所で生活している。
レイスは夕飯の後自室に戻って部屋の窓を開け、しばらく考え事をしていた。
やはりライアが気になって仕方ないのか落ち着きが無い様子だ。
何回目か数え切れない程の溜息を吐いた所で、耳がピクリと動く。
悲鳴。
後先考えている暇もなく、体は動いていた。
「ライア!」
気付けば母親の部屋の戸を開け放っている。
真っ先に視界に飛び込んできたのは赤。
部屋の端々まで飛び散った真新しい血液。
全身が切り刻まれて倒れているライアがそこに居た。
声を失って膝を付いたレイスは意識を失う。
「おはようございます、お父様」
鳥の囀りと、柔らかい絨毯の感触が睡魔に助力する。
しかし父の前で欠伸はご法度である。
装飾の華やかなドレスに身を包んだ一人の淑女が眠たそうに立っている。
その女性は淡い紫色の髪をしていて、
齢は二十前後と言った所だ。
エルフと呼ばれる種族は平均的に皆が美しいとされるが、
若いながらに整った美しい顔付きで、
朝日の眩しさに負けず凛とした表情が栄える。
作品名:Blood Rose 作家名:日下部 葉