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初恋とは

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いくら恋愛相談というのにわりと乗るほうだったとしても、このときばかりはちょっと驚いてしまった。
「好きなひとがいるんです」
 そう目の前で言ったのは、近所の小学生。まだ幼さの残る顔で、しかも背中にはランドセルを背負ったままでそんな告白をされて、ちょっと返事に困ってしまう。
 この子は小学五年生で、江角慎吾くんという。まだ幼稚園だった頃から近所で、小学生に上がってからもちょくちょく遊んでいたりした。とはいっても、高校生になってからは、部活の忙しさや日々の物事に追われ、近所の子と関わることもなくなった。それがいきなり公園で待ち伏せされて、帰宅してきた私は捕まってしまった。
 それはあまりに突然だったけれど、あの小さかった慎吾くんが恋愛相談なんてしてくれたことにどこか浮かれてしまっていた私は、無意識に弾んだ声で、性急に訊いていた。
「へえ。クラスの子?」
「あ、いえ…。そうじゃないんですけど」
 慎吾くんは、さらさらの髪にくりっとした目を伏見がちにしながらぼそぼそと喋った。小学五年なのに、きちんと敬語を操り、丁寧な態度を取る。それはわりと小さい頃からそうだった気がする。だから私は慎吾くんがとくにお気に入りで、よく遊んでいた。慎吾くんも懐いていてくれたような気がする。
「あ、そうなんだ。もしかして、告白するの?」
「え、あ、はい」
「じゃあさ、来週バレンタインでしょ? そのときにしたら一番いいんじゃないかな」
「え…」
「チョコください、って言うんだよ。それで相手の気持ちが分かるから。もしその気がなくても、一生懸命言えば、もしかしたら気持ちが傾くかもしれないし」
 頑張って、と私が言うと、慎吾くんは戸惑いを目に込めながらも、はい、と小さな声で返事をした。



    バレンタイン当日。その重要なイベントを忘れ、帰宅部なので何にも没頭することもなく帰宅した私は、また公園で待ち伏せしている影に気づき、またまた驚いた。
 それはつい一週間前、私にこの場所で恋の相談をした慎吾くんだった。
 しかし、今日は何だか様子が違っていた。
「あ、あの、チョコ、ください」
「え?」
 顔を真っ赤にした慎吾くんは、両手を精一杯に伸ばし、私にチョコをねだってきたのだ。学校から帰っている途中で、タイミングの悪いことに隣には理沙がいた。
 えーっと。……もしかして、慎吾くんの好きな人って、私?
 これは意外だった。驚きすぎて、私は声も出なかった。
 しかしそう考えると、あの日慎吾くんは私に告白しようとしていたのではないか、と頭の片隅の冷静な自分が気付いた。
「お願いします」
 慎吾くんは頭を下げ、切実に言った。私がアドバイスした通りに。
 私は思わず隣にいた理沙に、助けを求めるように視線をやったが、すぐにそれを後悔した。理沙はいかにも面白そうだという顔をしながら、こちらの一挙一動を見逃すまいと興味の視線を向けていたのだ。口元には笑みがあり、目が合うと、さあどうするとばかりに見返された。
 なんてやつだ、こいつ。ミーハー根性の親友は放っておいて、慎吾くんと視線を合わせるために膝を折って屈みこみ、大きな目と向きあった。
「ごめんね、今日はチョコ、持ってきてなくて」
 できるだけ優しく、申し訳なさそうに言った。それこそが大人の対応だ。
 しかし慎吾くんが、そうですか、としゅんと小さな頭を下げると、かなりの胸の痛みを感じてしまい、思わず私は言っていた。
「でも明日、持ってくるよ。だから明日まで、待ってくれるかな」
   すると顔が上がって、これまたぱあっとした笑顔が向けられた。ああ、何ていう素直さ。
「じゃあ、僕、ここで待ってます」
「ああ、うん。じゃあ、明日ね」
 慎吾くんは幼い声に弾んだ嬉しさを惜しみなく滲ませ、勢いをつけてぺこりと頭を下げた。



「将来、あの子は化けるよ」
 傍観するだけだった理沙は、公園から走って去っていく小学生の小さな背中を見つめ、腕を組みながら、したり顔で言った。立ち上がり、手についた砂を軽くはたきながら、私は呆れ顔を作ってやった。
「何言ってんの、あんた」
「可愛い顔だったじゃん。目もくりっと大きかったし。ああいう顔は、大きくなると格好いい部類に入るんだよ。良かったね、将来のイケメンに告白されちゃって」
「あんなのただの気の迷いだって。よくあることでしょ、近所のお姉さんに恋しちゃう小学生、なんて。恋と憧れの混合ってやつ」
「だって、絶対あの子って初恋だよ。初恋ってでかいよお。私も初恋の相手ってはっきり覚えてるし。確か健吾くんっていったかなあ。歌が上手い子で、私がかなりの音痴だったから、結局その恋は破滅の一途をたどったけど」
 そう言って理沙は顔を曇らせたが、私にはあんたの初恋話なんて一向に興味がない。
 しかし確かにそう言われてみれば、私も初恋以降の恋はぼんやりとしているのに、一番初めに好きになった男の子のことは妙にはっきりと覚えていた。
 私の場合は、小学二年のときのクラスメイト、長谷川くん。クラスの人気者で、いつだってムードメーカー。クラスの大半の女子が彼を好きだった。
 そういえばあの恋は、どうして終わったのだっけ。
 記憶を辿らせてみても、一向にその終わりが見えなかった。思い出すのは、あの初恋を始めた頃の甘酸っぱさ、熱い想い。
 いつのまにか、その熱意は消えていた。だけどそれに対しての喪失感さえない。
 爽やかで甘い恋は、まるで色褪せることなど知らないというように、濁ることすら許されない。
 綺麗なままで、いつまでも。
 何故ならその恋は、実ることがほとんどないから。
 初恋ってそういうものでしょうと締めくくると、理沙は訝しげな視線を寄越してきた。
「せっかく好きって言ってくれたのに、あんないたいけな小学生の初恋を、蔑ろにするつもり?」
「別に蔑ろにはしないよ。だから明日チョコ持ってくるっていったじゃん」
「でもさ、もしあの子が大きくなって、また告白してしたら、あんたどうするの?」
 そう言われたが、私は思わず顔を前で手を振り、すぐさま否定をした。
「まさか、あり得ないよ」
「なんで?」
 そう純粋に問いかけられて、返答に詰まる。どうして、と言われても、その答えに対する明確な言葉を持っていない。
 だけど私は確信していた。
 だってあの子が大きくなると言ったら、あと最低でも五年はある。あの子が高校一年生で、私は大学生二年生。そのくらいだったら、まあ恋愛をしても許されるかもしれないけれど、そのときまで慎吾くんが私を好きでいるとはとても思えなかった。
 そこまで考えて、ああそうか、と思い当たった。
 私はあの子が、私を好きで居続けられることを、信じていないのか。
 それが、あの子の気持ちを蔑ろにしているということなのだろうか。
「でも、普通に考えたら、そうじゃない」
 私は何故だがむきになっていて、熱っぽく言い返していた。
「理沙だって、初恋の相手なんてもう忘れたでしょ? 気がついたら、消えていた。小さい頃の恋だなんて、そんなもんじゃない?」
作品名:初恋とは 作家名:椿すみれ