ある機織りの心情
ユラの考え
同じことをした。裸の王様の時と、同じこと。
元来小心者であるユラは、自分の行動に押し潰されそうになっていた。そうなると分かっているのに、ユラはまたやらかすのであった。
「うぅ、胃が痛い……」
自業自得である。
今回ばかりは批判も来るだろう。それがまたユラにとっては胃が痛いことだ。覚悟はしていたが、実際目の前にそれがやってくると胃が痛くなる。
だが、燻ぶっている火に油を注いだ者がいるのは事実だ。そして、その問題で順調に進んでいたプロジェクトが破綻した。ユラ自身も楽しみにしていたのだが、どうやら油を注いだ者とプロジェクトを破綻させた者は同一人物のようだ。というか、自分でそう言っている。彼だけを悪者にするのは気が咎めるが、そうとしか言えない状況だ。
正義の逆は、また別の正義。どっかの誰かが言っていた言葉だ。裸の王様にしろオヤカタサマにしろ村人にしろ新しい移民にしろ、それぞれがそれぞれの正義を持っていた。だから、問題はこじれにこじれた。裸の王様や新しい移民はそれぞれが自分の行動を悪だとしているが、そこには信念がある為に余計にややこしい。
村の空気は依然、刺々しくなるだけだ。しかも、今回の新しい移民に関して言えば、裸の王様と違って話が通じてしまう。それが故にみんな話し合おうとしてしまうのだ。無論問題はそれだけではないが、少なくとも炎をもっと大きくしてしまうのがそれだろう。
「上位、ねぇ……」
ユラにとってそれは目標であって目的ではない。だから気にはするが、執着するほどではなかった。周囲の人間が何故そこまでして上に立とうとするのか、理解できない気持ちもある。
まあ、いつものようにユラは渦中に立つということはない。あの時もそうだった。自分は脇に立って、冷静に物事を見極め続ければいいのだ。
同時に、ユラは一つ、願いを込める。自分の本分は機織りだ。布地に願いを込めて、糸を紡ぐ。
あの時、タペストリーを織った時、いつの間にか事態は沈静化していた。だから、その願いを込めて、また布地を織るのだ。
今回は、多くの人間の味方とはなれない。ユラにとってそれは一つの心情でもあった。
真中に立つ。中庸であるべし。互いの意見を飲みこみ、そして自分なりの答えを出す。いつもユラがやっていることだ。
ただ、問題はあの移民だった。こればかりは、どうにも擁護がし辛い状況になっていた。
いずれにせよ、自分は織物を作るだけだ。
そうして、また一枚、タペストリーを編みあげるのだった。
――出来上がったタペストリーを提出した次の日、朝のことだった。前の日の結果が張り出されるのが深夜零時頃だが、それから八時間ほど経った頃。オヤカタサマが、ユラと同じように自分たちの気持ち、正当性を作物として提出していた。
オヤカタサマの村からの退去は以前から決まっていたことだが、同じ手を取ってくるとは思わなかった。その一つ一つにユラは眼を通してゆく。
「やっぱり、みんな自分が蒔いた種だって気付けないんだ……」
ついつい、そうやってボヤいてしまった。
自分の言動の客観視など、普通の人間には難しいのかもしれない。特に、それが正しいことだと信じている場合は。
ただ一つ、ユラは思うのだ。
「……舗装路で足を挫いた牛はどこに消えたんだ?」
いや、まあ、アレはユラの創作物に出てきたものだし、……気にしてはいけないのだろう。いくら表現が被ったからとはいえ、多分気にしてはいけないのだ。そうやってユラは見ないふりをした。
叩かれるということは、それだけのことをしているということだ。それに気付けないのは、オヤカタサマらの悲劇であった。
まあ、オヤカタサマがどうなろうと、ユラの知ったことではない。どこに行こうが彼ら彼女らは同様の騒動を起こしてゆくだろう。ただオヤカタサマらが正しかったのは、自分らの思い、考えを形にしたことだ。ただ吐き出すだけではなく、一つ、評価できるものにしたことだ。ただ、それはユラも同じことをした身。そう考えると、微妙な気持ちにもなる。
まあ、瓦版をそのまま作物として品評会に提出するよりはマシだ。素直に、ユラはそう思うのであった。