われてもすえに…
「……そなたの夫と子は傍に何時もいる。そなたを、見守っておる。それ故、励め」
「はい……」
真菜の頬に涙が伝った。それは二人を亡くした時に流して以来の涙だった。
夫と息子が傍に居る。それが嬉しかった。
「皆の者、さらばだ」
神は皆の前から去った。
しばらく茫然としていた面々だったが、政信の立ち直りが一番早かった。
「瀬川!」
突如、彼は仕事の顔になり小太郎を名字で呼んだ。
「はっ」
小太郎も、それに倣い平伏した。
しかし、彼の突飛な命令に素っ頓狂な声を上げてしまった。
「本日この場で、名を変える事を命ずる」
「は!?」
政信は普段の調子でこう言った
「『良鷹』はそのままだ。変えたらいかん。だがな、いつまでも小太郎はいかんだろ?」
すると、蛍子まで同様なことを言いだした。
「そうじゃ。絢女も申しておった。その姿で小太郎はちと……」
小太郎は、元凶の絢女をじろりと見た。
「姉上……」
「だって……。大きいから……。ですよね?」
絢女は夫の喜一朗に助けを求めた。
すると彼ははっきりといった。
「あぁ。でかい。小さい太郎じゃおかしい。義父上も変えた方が良いとおっしゃってたぞ」
ここでとどめが。
「『小太郎』に未練があるのか? 子どもが産まれたら付ければいいだろ。な? 彰子」
「え!?」
彰子は真っ赤になってしまった。
その隣で、小太郎も真っ赤になっていた。
ここで少し頭を冷やした後、小太郎は長年連れ添ってきた名前、『小太郎』と別れることにした。
「……希望はあるか?」
突然そんなことを言われても、答えられる人間はまずいない。
小太郎も、無理だった。
「あの、自分では決められません……」
「そうか……。だったら嫁の彰子に決めさせよう。どうする?」
彰子は、少し考えたのち、答えを出した。
「では、殿の『政』の字を頂き、『政太郎《せいたろう》』さまがよろしゅうございます」
「……してその心は?」
「殿を助け、喜一郎さまと三人共に良い政《まつりごと》を行う。いかがでございましょう?」
この考えに政信は満足げに唸った。
「あっぱれ。さすが最年少筆頭侍女! 真菜、採点を頼む」
蛍子の傍に控えていた彼女だったが、主に促され、彰子の傍に座った。
そして、彼女に点数を告げた。
「もちろん満点です。彰子、良く出来ました」
「ありがとうございます」
そして真菜は、彰子の頭を撫でた。
驚く彼女に、真菜は手を止めず、話し続けた。
「……あんなに小さかったのに、大きくなったわね。綺麗になった」
「真菜さま……」
彰子は耐えきれず、涙を流した。
様々な事を教えてもらった姉のような存在。
また、母のような存在でもあった。
「……大好きなお方と一緒に居られるのよ。泣かないの」
「……はい」
涙を拭う彼女に真菜はそっと告げた。
「……嫁いでも、たまには遊びに来なさい。貴女は奥に出入り自由だと、奥方さまがお決めになりました。いつでも待っています」
「……はい」
嬉しい涙や、笑顔が入り混じる席の中で、主導権を持つのは政信だった。
「さて。政太郎と名前も決まったことだ。茶会はやめて酒盛りだ!」
いつも止めに入る喜一朗も止めず、茶会は酒宴へと変化した。
皆が和気藹々としている中、小太郎改め政太郎は、隣の彰子を見つめた。
「彰子殿」
すると、彰子は少し恥ずかしがりながらも、こう言った。
「……本日、只今より、彰子と呼んでくださいませ」
その言葉通り、政太郎は彰子を呼んだ。
「……じゃあ、彰子」
「なんでございますか? 良鷹さま」
政太郎は、彰子の手に手を重ね、じっと顔を見つめて言った。
「……一生、大切にする」
彰子は笑みを浮かべて返事をした。
「……末長く、よろしくお願いいたします」
「……見込んだ通りだ。もう心配はいらん。ここらで一眠りするか」
主従三人は間違いなく国を栄えさせる。
豊かで平和な国を作る。
そう確信していた。
護国の神は大きな欠伸を一つすると、深い眠りについた。
完
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拙い文章したが、お楽しみいただけたのであれば幸いです。
ここまでお付き合いありがとうございました。