われてもすえに…
いつもならば、小太郎はそんなに慌てることは無かった。
そんな様子が違う彼を見た二人は驚いた。
しかしすぐにニヤリとした。
彼らの罠に、小太郎がまんまと引っ掛かったからだ。
勝五郎は懐から扇子を取り出し、総治郎の耳元に口を近づけた。
本来なら内密な話をする仕草。しかし、二人は違った。
小太郎に聞こえるようにわざと大きな声で話し始めた。
「総治郎殿、小太郎殿はどこぞの女子に心奪われたようでございます」
「それは大変。早速探さねば」
慌てた小太郎は、二人に大きな声で言った。
「だから違うって! 俺は彰子ちゃ……。あっ」
ついつい、毎晩自分を悩ませる女の名を言ってしまった。
またまた驚いた二人組だったが、すぐに気を取り直し、最終段階に突入した。
「ほほぅ。総治郎殿、小太郎殿の恋い慕う女子は『あきこ』さま。……ご存じか?」
「いいや。存じ上げぬ。……なんか武家っぽくないな。なんとか子って、今まで俺見たことない」
「……だよな?」
探り始めた彼等に、小太郎はぼそっと言った。
「……公家出身なんだ。若君の奥方の侍女やってる」
そのとたん、男二人は小太郎に詰め寄った。
「お前、そんな方とどうやって知り合った!?」
「ずるいぞ!」
彼等に、小太郎は正直に打ち明けた。
「八年前、小姓やったろ? あの時から、ずっと文通してたんだ」
すると、男どもは少し落ち着いた。
「あぁ……。あの時の……」
「お前はあの時、どうとも思わなかったのか?」
少し女に関しては先輩の彼等からの質問に、小太郎は素直に答えた。
「好きだったよ。友達だったし」
すでに彼は彰子を『可愛い女の子の友達』としてではなく『美しい女子』としてとらえつつあった。
しかし、その感情の変化に少々戸惑いを感じていた。
そんなことを、総治郎はいとも簡単に言ってのけた。
「……要は、今になって意識したんだろ?」
「……かもしれない」
すると突然、勝五郎が涙ぐみながら言った。
「小太郎。やっと男になったな……」
「うるさい……」
半泣きの勝五郎を見てふくれっ面する小太郎に、総治郎が質問を投げかけた。
「小太郎、『あきこさま』ってどんなひとだ?」
そう、簡単に聞くと小太郎は俯き加減で言った。
「……賢くて、可愛くて、綺麗で、楽しい人。かな」
その様子を見届けた総治郎は、鼻をかんでいた勝五郎を引っ張って言った。
「……勝五郎、完璧だ。……こいつ、本物の恋煩いだ!」
すると勝五郎はやる気満々で言った。
「よし! 治療開始だ!」
そして小太郎の右腕を掴んだ。
意味不明な言動に小太郎は動揺した。
「は!? 何する気だよ!?」
「いいから。ひとまず茶店で一服だ」
そう言った総治郎には残った左腕をしっかりと掴まれていた。
そして小太郎は友達二人に引きずられていった。