われてもすえに…
さらに、意外な言葉が出てきた。
「お前、かわいいな。こんなに小さいのに、あんなになるとは信じれんな。ハハハ」
小太郎は『かわいい』の言葉に固まった。
「こんなちっちゃいのに、あんなにくるくる動き回ってよく疲れないな」
『ちっちゃい』の言葉にイラッとした。
「なぁ、元服早すぎないか? まだ前髪の方が良んじゃないか?」
頭をなでる主に小太郎は我に帰った。
「それは、我が家の方針なので……」
「そうか。なら仕方ないな」
しかし、政信はまだ手を頭に乗せていた。
小太郎はそんな彼にはっきりと言った。
「あの、なんで手を乗せてるんですか?」
政信は意外だと言った顔で小太郎を見た。
「なんだ? 嫌か?」
「……撫でられたくありません」
しかし、政信の手が離れることはなかった。
「悪い悪い。でもかわいいから仕方ないだろ」
とうとう小太郎は我慢が出来なくなった。
「かわいいって言うな!」
しかし、政信にはなにも効かなかった。
「ハハハ。声がかわいい」
真っ赤になってプルプル震えはじめた小太郎と、笑顔で彼の頭に手を置いたままの主を目の前に、喜一朗はふと思った。
「……殿、まさか子ども好きですか?」
すると、やっと小太郎の上から手を退けて喜一朗に喰ってかかった。
「なんだ、まさかって。悪いか? 子ども好きじゃ」
「いえ……。意外だと思いまして……」
口ごもる喜一朗の隣で、なぜか政信は家族の話をし始めた。
「お前たちに言ってなかったかな? 弟たちもちょっと前までこれくらいだったんだ」
「え?」
「今でもかわいい弟だが、もっとかわいかった」
かわいいを連発する主に、喜一朗は確認した。
「あの、殿、彰子さまの事をかわいくないって言ってませんでしたか?」
すると、政信は小太郎が怒りそうなことを言ってのけた。
「あの彰子さまは苦手なんだ。子どもらしくなくて怖い。だがな」
少しもったいぶる主に気をとられた小太郎は怒るのをやめた。
そして喜一朗とともに、耳をすませた。
「……俺の妹はかわいい。お花摘んで持ってきてくれるんだ。『あにうえ』って。あぁ、早く子が欲しい! 自分の子だったらもっとかわいいだろうな! 姫さん子ども好きだと良いな」
にこにこしながら子供の話をする主の意外な一面に、小姓二人は眼を点にしていた。
「……小太郎、殿は子ども好きだったんだな」
「はい。驚きました」
「仲の悪いのは兄上だけか……」
「そうですね……」
二人で放心していたが、なにかに気付いた喜一朗は焦ったように言った。
「……小太郎、気をつけろ。稚児小姓にされたら、家に帰れなくなる」
「そんな……」
大好きな先輩と主と一緒に居たいとは思ったが、稚児小姓だけはなりたくなかった。
しかし、そんな心配事は無用だった。
傍で政信は話を聞いていた。
「そんな馬鹿なことはしない。そういうかわいがり方は趣味じゃない。一緒に遊びたいだけだ。小太郎はしっかり勉強して良鷹になってから俺と喜一朗と仕事するんだ」
この言葉に小太郎と喜一朗は安心した。
それを見計らい、政信はまたとんでもないことを言い出した。
「小太郎。お前の友達連れてこい。遊びに行くぞ!」
「はい!」
小太郎は何も考えず、元気よく返事を返し親友二人とその他大勢を連れてくることに決めた。
しかし、喜一朗は猛反対した。
「いけません! 殿、もう屋敷に戻りましょう! 浮船様が……」
「イヤだ。遊んでから帰る。でないと……くすぐるぞ」
怪しい眼で見られた喜一朗は、負けた。
「うっ……。卑劣な……」
「じゃあ、そういうことで、行くぞ!」
その日、主従三人と小太郎の友達は釣りやら水遊びやらで思いっきり遊んだ。
心底楽しんだ政信は意気揚々と、屋敷へと帰って行った。
しかし、なにかを思い出し、喜一朗にばれないよう小太郎にこっそり言った。
「落ち着いたら、あそこへまた行くからな」
「え? どこですか?」
「江戸だ! 愛しの姫さまと彰子さまが待ってるぞ!」
次から次へと、様々なことを思いつく主に、改めて感心する小太郎だった。