われてもすえに…
「立派な侍になりたい、家を守る力が欲しいと」
「それで、その姿になってたのか?」
「はい……。それと、畏れ多いですが、神様が幾度か私のところへお越しになり、殿の傍に行くよう、お告げがありました」
すべてを伝えた。普通ならば信じて貰えないような話の羅列。
しかし、政信から帰ってきた言葉は小太郎を驚かせた。
「……俺もお前と同じ時期に願った事がある。それに、声を聞いたことも何度かある」
「……殿は、なんと願ったのですか?」
「友達が欲しい。信頼できる家来が欲しいって」
なにかが繋がった気がした小太郎の鼓動が速くなった。
自分の変身。小姓になった事。喜一朗と同僚になったこと。
すべての答えが出てくるのではと気持ちが高ぶった。
「それって……」
「たぶん、俺らの願が一致して、お前はその姿になったんだろう。
神様が、何を目的にしていたのかはまだよくわからないが……」
「そうですか……」
「一番早いのは。神様に出てきてもらうか、逢いに行く事だな」
「はい」
二人の間に、またも静かな時が流れた。
なにも言わない小太郎に、政信は声をかけた。
それはどうしても聞きたかったことだった。
「……それで、お前はもう出仕しないのか?」
「……はい。父がじきに帰宅します。私は子供に戻ります。……それゆえ、暇乞いを」
「そんな話はいい。お前の本音を聞きたい」
「本音?」
「そうだ。お前は、神様に指図されたから俺のところに居たのか。それとも、お前が居たいから居たのか、聞きたい。お前の言葉でいい。丁寧じゃなくていい」
切実な主の願いに、小太郎は答えることにした。
建前ではなく、今までずっと心の中で思っていたことを言う決心をした。
「……自分の意思でここに居ました。殿は俺と対等に付き合ってくれた。たまにガキってからかうけど、俺の話聞いてくれた。稽古に付き合ってくれた。学問も教えてくれた」
「そうか」
「俺は、殿が大好きです。俺も、殿みたいになりたい。かっこいい、強い男になりたい」
「そうか」
次第に小太郎の声は震えはじめていた。
「……本当は離れたくありません。出仕やめたくありません。ずっと一緒に居たい。
喜一朗殿と、殿と三人でもっといろいろやりたかった」
「だな」
「……でも、俺は子どもで、全部が中途半端。今、八年すっ飛ばしたら、後で厄介なことになる。だから……」
言いたいこと、思って居ることを吐き出しているせいか、話し方が子どもに戻っていた。
そんな小太郎を喜一朗は一切とがめなかった。
穏やかな顔で、見詰めていた。
政信も同様だった。
「泣くな……。男だろ? 男の子か?」
「泣いてない!」
「眼が真っ赤だけどな……」
「泣いて、ない……」
それが限界だった。
小太郎は眼から涙をこぼし、泣いていた。
声こそ出さなかったが、目の前の主との別れや、今までの小姓生活との決別を思うと、悲しくてたまらなかった。
涙を流し続ける小太郎を泣き止ませるべく、政信は口を開いた。
「良鷹、頼みがある」
「……なんですか?」
鼻をすすりながら、小太郎はどうにか返事をした。
「いやだったら受けなくていい。返事は今すぐでなくていい」
「……はい」
政信は小太郎の眼を見て言った。
「本当の大人になったら、中身も大人になったら、戻ってきてくれないか?」
「……え?」
「俺らには、お前が必要だ。な? 喜一朗」
政信は傍でさっきから見守っている喜一朗に話を振った。
すると彼は笑みを浮かべ、小太郎に言った。
「はい。小太郎、俺らは仲間だ。三人揃わないとダメなんだ」
その言葉に、収まりつつあった涙が再びあふれ出した。
「……あにうえ」
「泣くな。それと、兄はまだやめてくれって言ったろ?」
「……ごめんなさい。もう泣きません。喜一朗殿」
二人の様子を眺めていた政信はもう一度小太郎に言った。
「考えておいてくれ。返事、待ってるから」
しかし、小太郎は涙を乱暴に拭った。
そして居住まいを正し、礼儀正しく手をついた。
「……殿。返事はこの場で致します」
「なんだ?」
手をついたまま、小太郎は主の眼を見た。
そしてよく通るように腹の底から、心をこめて言った。
「瀬川小太郎良鷹、必ず殿の前に戻って参ります!」
この言葉に、政信は満面の笑みを浮かべた。
「磐城藤次郎政信、その言葉しかと受け取った! 良鷹。八年後に逢おう」
「はっ。八年後に……」
こうして小太郎はその場を退出した。
八年後必ず大人になり、政信の前に帰る。
主と先輩をがっかりさせないよう、人一倍努力しようと決心していた。
後輩で同僚の姿を見送った喜一朗は主に断ってその後を追おうとした。
しかし、なにかを考えていた様子の政信に止められた。
「喜一朗、帰る前にちょっといいか?」
「なんでしょう?」
「……あいつが子どもに戻ったら、すぐに知らせろ。良いな?」
「え? なぜです?」
すると政信はニヤリとした。
「その時になったら教える。いいな?」
まちがいなく、なにかを企んでいる顔だった。
しかし、喜一朗は素直に返事をした。
いざとなればその場で止めればいい。
主の突拍子もない行動に柔軟な対応が出来るようになっていた。
「心得ました」
「よし、下がっていいぞ」
喜一朗は小太郎とともに家路に着いた。
そして屋敷の奥では今後について政信が一人、策を練っていた。