われてもすえに…
「するもんか! お前を倒すまでは止めない!」
そう言った小太郎は男の一瞬の隙を見つけ、思い切って刀を振り下ろした。
しかし、妙な音がしたと思い、確認すると刀の刃が折れていた。
長時間にわたる乱闘の末、刀の刃はボロボロになっていた。
使い物にならなくなった武器を手に立ちつくしていると、男はニヤリとして言った。
「刀が折れたな。さぁ諦めようか?」
そんな男に、小太郎もニヤッとして油断させた。
すぐに刀を捨て、身構えた。
「……いいや。素手がある!」
「なに!?」
苦手な柔術だったが、政信と喜一朗との生活で鍛えに鍛えた。
刀しか興味がないと見える男は、突然掴みかかってきた小太郎に驚き、うろたえた。
そんな男の胸倉をつかみ、残った力で背負い投げした。
通り魔は宙を飛び、屋敷の塀にぶち当たった。
反撃を待ったが、男は戦意をそがれた様子でそのまま動かなかった。
「俺の、勝ちだな……」
気が抜けた小太郎はその場で座り込んだ。
とたん、屋敷の中から下男が数人走り出てきた。
「良鷹様! 御無事か!?」
「若、仕留めましたか!?」
彼らに精一杯の笑顔でこう返した。
「……まだ生きてる。縛って役人に突き出してくれないか?」
「はい。早速」
下男たちは力を合わせ、通り魔をぐるぐる巻きにし猿轡を咬ませ、脅しながら引っ立てて行った。
すべてが終わり、瀬川家に静寂が戻った。
そこへ下女に守られ、母と姉が出てきた。
小太郎はすぐに母の安否を確かめた。
「……母上、大丈夫でしたか?」
「小太郎、よくやったわね」
「いえ……」
その後ろに、絢女が立っているのが小太郎には分った。
良い機会だと感じた初音は、娘を急かした。
「ほら、絢女何してるの?」
小太郎は少しばかり期待を持って目線をやったが、彼女は逸らした。
それを見るや否や、小太郎はうなだれ、すぐさま逃げるように部屋へと戻った。
絢女は、はっとして声をかけた。
「……待って」
そのまま彼を追いかけようとしたが、彼女はある物に気が付いた。
廊下にポツポツと落ちている物……。
絢女はすぐに母を呼んだ。
「母上! 大変です。これを!」
「なに? あっ」
それは血だった。
「絢女、応急手当てしなさい。今すぐお医者様をそっちに向かわせるわ」
「はい」
急いで年配の下女とともに血の跡をたどると、小太郎の部屋で途切れていた。
中にいるに違いない。
「小太郎! 大丈夫!?」
襖に手をかけたとたん、怒鳴り声が聞こえた。
「入るな!!!」
その声に驚いた絢女は、手を離した。
そんな彼女をよそに、肝が据わっている年配の下女は部屋の中に突入した。
「若? どこです? 傷の手当てをします。こちらに……」
「なら、姉……いや、絢女さんには出ていってもらって。でないと……」
下女が説得しようとしたのを制し、絢女自ら小太郎に命じた。
「何言ってるの! 隠れてないで早く出て来なさい!」
「イヤです!」
その小太郎は、身を隠し、箪笥の陰に隠れていた。
そっぽを向く弟に絢女は言った。
「……早く、傷を見せなさい」
「イヤです」
「血が出てるのに何言ってるの!? 早く脱ぎなさい!」
「……では、あっち向いていて下さい」
「何言ってるの!?」
すると、小太郎も声を荒げた。
「私の裸見るのは嫌でしょう!? 絶対に脱ぎません!」
「黙りなさい! 力づくでもやるわ。手伝って」
「はい」
絢女は下女とともに弟の衣を剥ぎとったが、驚いて手を止めた。
身体のあちこちが傷付き、血が滲み出ていた。
中でも左の二の腕からの出血は多く、そこから流れる血で畳に小さな血だまりができていた。
しかし、そんな傷よりも驚いたのは、弟の肉体だった。
以前見た時より鍛えられ、男そのものだった。
記憶の中の幼い弟とは似ても似つかない若い男。
怖くなり、そのまま動きを止めていたところを下女に気付かれた。
「……お嬢さま、障りがあるなら後はわたしがやりますので。お部屋でお休みください」
しかし、彼女の進言を受け入れはしなかった。
「いいえ。やります。……小太郎、直ぐにお医者さま来るからね」
すぐに医者が到着し、小太郎の傷を診察した。
二の腕の傷はそこまでひどくはなかったが、傷口を縫うことになった。
歯を食いしばる弟に、絢女は見入った。以前の小太郎ならば、『痛い!』と泣き叫んだに違いない。
しかし、今目の前にいる弟は弱音を一切吐かず、耐えていた。
しばらく見ない間に、本当に大人になてしまったのかと少々不安に駆られた。
そんな事をしているうちに、治療は無事終わった。
姉弟二人だけになった部屋で、絢女は以前のように小太郎に話しかけた。
「……畳汚れちゃったわね。ここで今晩寝れないでしょう? どうする?」
しかし、小太郎は彼女の顔を見なかった。
「ありがとうございました……」
そう言うと、部屋の外へと歩き出した。
驚いた絢女は、追いかけようと同じように立ち上がった。
「ちょっと、どこ行くの?」
小太郎は襖を姉の眼と鼻の先でピシャリと締め、小さく言った。
「絢女さんの眼に入らない所へ……。失礼します」
一人残された絢女は、茫然と暗い部屋で立ち尽くした。