われてもすえに…
自分より十近くも上の女の人より、同年代の彰子の方が良いに決まっている小太郎は、
主の言葉に何の怒りも、恥ずかしさも感じなかった。
せっかくからかって遊ぼうとしていた十八歳二人組は、拍子抜けしてしまった。
黙り込んで静かになった食事の席を盛り上げようと、小太郎は入手した情報を主に報告した。
もちろん、ちょっとからかいながら。
「そう言えば、殿は姉さん女房ですよ!」
「ん? どういうことだ?」
「姫さまは、十九だそうです。殿より一つ上」
この言葉に、政信は飛び上がって喜んだ。
さっきまでの落ち込みがうそだったかのようだった。
この様子を静かに見ていた喜一朗だったが、そっと後輩を褒めた。
「良鷹、良くやったな」
「ありがとうございます」
女に関しては男三人の中で一番先輩に当たる喜一朗の眼には、主の今の心が手に取るようにわかった。
身分や立場など抜きにして、将来の妻との恋に落ちつつあることがよくわかった。
姿、顔を見れば、本当に恋に落ちるかもしれない。
そして、向こうの姫もそれに応えてくれれば、国のためにも、主のためにも最高な結婚になる。
そこまで小太郎が考えたのか定かではなかったが、嬉しそうに主を眺める後輩を眼にした喜一朗は幸せな気持ちになった。
政信について行こうと決めた際に思った。
『主と同期と笑っていたい』
その願いが、今目の前で現実になっている。
この生活がいつまでも続くことを心から願った喜一朗だった。
その頃、藩邸の奥では蛍子と彰子は絵を眺めていた。
それは京から持ってきた源氏物語の絵巻物。
ちょうど、光源氏が若紫を覗き見している絵だった。
「姫さま、あの方たち明日も来るでしょうか?」
「来てほしいのか?」
「はい。姫さまが明るくなります。楽しそうなお顔が彰子はうれしゅうございます」
「心配かけさせてしまってすまぬ……」
「いいえ」
それから二人は再び絵巻物に眼を落した。
長い間、同じ絵を見続けた。
「姫さま、あの藤次郎さまをどう思われますか?」
突然の侍女の言葉に驚いた蛍子は、少し考えた後一言言った。
「……わからぬ」
「そうですか……」
幼い次女は再び、幼い若紫を覗いている光源氏の姿を見詰めていた。
そこで、蛍子はもしやと思いこう聞いた。
「そなた、あの藤次郎の仲間と毎日話しておるが……」
「え? 良鷹さまですか?」
少し顔が赤らんだ彼女に、蛍子は笑みを浮かべた。
「顔が生き生きとしておるな」
その言葉に、彰子の顔はもっと赤くなった。
そして小さな声でつぶやいた。
「……良鷹さまと明日も逢いとうございます。あのお方は、わたしを子ども扱いなさいません。
同等に扱ってくれます」
「……そうか」
率直な侍女の言葉に、蛍子は自分の気持ちをもう一度冷静に考えることにした。
夜、布団の中で、政信を思い浮かべた。
御簾ではっきりとは見えないが、整った顔立ち。若くて健康的な声。
言葉づかいは上品ではないが、包み隠さず話す。
さまざまな知識を持ち合わせ、話題に事欠かない。
「藤次郎、か……」
名前を口に出し、蛍子は明日も彼が来てくれることを心の隅で願っていたことに気がついた。
そして、久しぶりに心地の良い眠りへ入っていった。
その夜、皆が寝静まった頃。政信は一人起きだし、影を呼んだ。
「影、悪いが頼みがある」
「何でございましょう?」
「庭師仕事ができる者はいるか?」
「はい。国元に数人」
「そうか。都合がついたらまた教えてくれ。それと、動物を入手したい」
「どのような?」
「ひとまず、鯉を頼む。できたら亀と鴨も。すべて若い物を」
「承知しました。すべて二三日で必ず」
「すまんな」
政信は、『庭が無粋』と小太郎から聞き、閃いた。
影の手を借りて蛍子を喜ばせてみたくなった。
そうすれば、蛍子が心を開いてくれるのではと期待も込めて。