われてもすえに…
しばらくすると、噂の相手が現れた。
「……殿、良鷹、ここでしたか」
へろへろの様子の喜一朗だった。
しかも、まだまだ寒い日が続いているにもかかわらず、汗をかいていた。
おまけになぜか、肩で息をしていた。
あまりにおかしい喜一朗が気になった政信は彼に尋ねた。
「なにやってた?腹でも下したか?」
「……いえ」
「じゃあ、なんだ?」
小太郎は屋敷に来た日、御目付の男が言っていた言葉を思い出した。
もう一人の小姓は屋敷で……
「……もしかして迷ってた?」
「……」
図星だったようで、顔が赤くなり、うつむいてしまった。
「……方向音痴なのかお前?」
「……」
どうしても認めたくないようで、黙りこくったままだった。
「山ん中歩けないな。狩りにでも行こうと思ったが」
残念そうにそういう主に、喜一朗は反論した。
「大丈夫です!お供いたします!」
小太郎はこの時すでに、方向音痴どうのこうのの話題ではなく、『狩り』に興味が移っていた。
「あの、狩りって、鷹狩りですか?」
「あぁ。そうだ、お前名前に鷹が入ってるから好きか?」
「その……。えっと……」
「なんだ?言ってみろ」
実を言うと、小太郎は鳥が少し苦手だった。
今よりずっと小さい時に、家で大きな鶏を飼っていた。
尾羽が立派な雄だったが、気性が荒く、小太郎は何度も追いかけ回され、つつかれた。
ある日、彼は狂暴という理由で下男たちに捕まり、家族皆のお腹に入った。
その経験から、鶏くらいの大きさの鳥が怖くなった。
小さなスズメや文鳥は平気。しかし、鳩、カラス、鷺の類は遠慮したくなる。
「……怖いのか?」
「はい、ちょっと……。それに、本物を見たことが有りませんし」
「なら、見せてやろう。行こう」
さすが、若様だった。
鷹を飼育しているらしく、小姓二人は見せてもらうことになった。
大きな鳥小屋に行くと、さまざまな鷹やワシ、ハヤブサ、フクロウが中で騒いでいた。
そのなかに政信は入って行き、自分のものだという、一羽の鷹を連れてきた。
飼い主の腕にしっかりと乗っている鷹に、小姓二人は圧倒された。
「大きいですね……」
「立派な鷹だ……」
「どうだ?良鷹、怖いか?」
「ちょっと。顔が……」
鋭い眼が、自分を見つめるのが少し怖かった。
鋭い爪、くちばしも、鶏などと比べ物にならない代物だった。
「名前負けになるぞ。ほれ、持って見ろ」
主に餌掛け《えがけ》を渡され、手にはめ、上に鷹を乗せられた。
すぐさま、鳥の重さに驚いた。
「あれ?思ったより軽い」
「鳥は軽くないと飛べないからな」
意外な鳥の一面を知った小太郎は少し怖さが薄れた。
そこで、政信に質問をした。
「あの、この鷹の名前は?」
「小太郎だ」
偶然か必然かはわからないが、小太郎は言葉が出なかった。
同様に、隣の喜一朗も何も言わなかった。
大層驚いた顔をしていたが。
家臣二人が間抜けな顔をしてつっ立っていたのが面白かったらしく、
政信は笑った。
「どうした?ふたりして?」
「……その、知り合いの名と一緒なので」
「……はい。ちょっと」
「……あいつだよな?」
「はい……」
『あいつ』は自分だとは言えず、小太郎は少し気不味くなった。
「へぇ。そいつに会ってみたいな。鷹みたいな男だろうな」
その言葉に小太郎は複雑な気分になった。
自分は果して鷹のような男になれるのか。
名前負けして一生終わるのではないのだろうか。
少し気落ちしたが、突然、腕の上の『小太郎』がギャーッと鳴いて現実に引き戻された。
どうやらお腹が減っていたようで、生魚をやると嬉しそうに丸飲みした。
お腹がいっぱいになった『小太郎』は人間の小太郎に頭を下げた。
その頭を撫でると『小太郎』は気持ち良さそうに眼を細めた。
強いだけでなく、案外可愛い一面を持ち合わせている鳥に小太郎は感心した。
既に、大きな鳥が怖くなくなっていた。
『小太郎』を鳥小屋に戻すと、政信は思いついたように言った。
「明日、晴れたら三人で鷹狩り行こう!」
「あの、殿、明日は少し……」
すぐさま、喜一朗が苦言を呈した。
「なんだ?何か用事あったか?」
「……なんだっけ?」
小太郎はなにも思い出せなかった。
しかし、喜一朗はイヤそうな顔で二人に告げた。
「浮船さまが、良鷹と私に話があるとおっしゃっていたので……」
「あ、そうだった……。あぁ……」
小姓二人の大嫌いな説教の時間が待っていた。
しかし、彼らの主の政信はさらっと言ってのけた。
「ほかっておけ。あとで俺がどうとでもする」
「わかりました!」
深く考えなかった小太郎はそう返事をしたが、喜一朗は違った。
「……おい、殿まで説教に巻き込むつもりか?」
「え?やっぱりダメかな?」
二人の会話を耳にした政信はニヤリとすると、喜一朗にイヤな言葉を投げかけた。
「……喜一朗、ここに一人置いていこうか?」
その言葉に喜一朗の顔が青ざめた。
「それはご勘弁を!どこをどう来たのかもう覚えておりません!」
「ハハハ!やっぱり方向音痴だ」
「あ……」
とうとう自ら認めてしまった喜一朗は、また赤くなっていた。
その様子にひとしきり政信は笑い、こう言った。
「お前らも苦手なものあったんだな。良鷹は鳥が苦手。喜一朗は方向音痴」
小太郎はその言葉に、素直な反応を示した。
「……あの、殿は?」
「俺にはないぞ」
そっけなく言ったが、何か絶対にあると小姓二人は信じた。
「絶対見つけてみます!」
「おう、やってみろ!見つけられるか?」
完璧に見える殿の弱みを見つける決心を小姓二人は心に誓った。