われてもすえに…
とうとう泣きじゃくり始めた娘を落ち着かせ、話を聞いた。
「どうしたの?何かあったの?」
「……小太郎が、小太郎じゃないんです」
「なに言ってるの?あれはあなたの弟よ」
「……あんなの弟じゃない。あんなゴツイの小太郎じゃない!」
小太郎は今まで言われたことない言葉に戸惑った。
初音は、娘の言葉に天を仰いだ。
「絢女、慣れなさい!男の人はああなの!」
「母上は、平気なんですか?父上で見慣れてるから?」
「……えぇ、まぁ」
ドキッとする言葉を言われ、うろたえた母の隙をつき、絢女は逃げ去ってしまった。
「じゃあ、お願いします!」
失敗に終わった着替えの練習をあきらめ、自ら息子の着替えを手伝うことになった。
しかし、小太郎は自分で着物だけは着られると、拒んだ。
なぜかじろじろ自分を品定めする目つきをする母が恥ずかしくなったが、せっせと着換えた。
「歳の割に凄いわね……。まぁ、父上には負けるけど」
「カッコいい?」
姉に、不気味がられ逃げられた。母にはそうされたくない。
「えぇ、ちゃんと八年後そうなるように、元の姿に戻っても鍛えてご飯いっぱい食べなさいね」
「はい。わかりました」
絶対に。こうなってやる。
みんなを見返して、強く格好良い男になる!
そう決心した。
「お小姓の仕事するなら、言葉づかいは細心の注意を払いなさい。いいですか?良鷹殿?」
「はっ。心得ましてございます」
言葉づかいを変えると、本当に大人になってしまった気がして一瞬寂しく感じた初音だったが、気をしっかりと持ち直した。
「大丈夫ね。気を抜かない様に」
昼過ぎ、城から政信の目付けと名乗った壮年の男がやってきた。
客間に通した。
「御内儀は、良鷹殿の母御では、御座いませぬな?」
誤魔化しは通じない。
名が通った瀬川家の当主良武に男子は二人いない。
かねがね考えていた、身の上をまことしやかに説明した。
「……叔母にございます。この良鷹は親戚から一時預かっております」
実の息子を、甥として世に送り出すのは少し気が引けたが、本当のことを言っても通用はしない。
「では、叔母上、その良鷹殿を若様の命により、小姓に致す」
小太郎は精一杯真面目に返事をした。
「有り難き幸せ」
「うむ。良い若侍だ」
御目付は小太郎に好感を抱いたようだが、初音の心配はまだ消えてはいなかった。
「恐れながら、この子は、満足な武士として育てられてはおりませぬ。学問、武術が不十分でございます。御迷惑をお掛けするのではないかと心配で……」
御目付は優しく微笑み、
「それは心配に及びませぬ。若様も同年、若年ゆえ修行の最中にございます。小姓どうし、主従同士、切磋琢磨して精進すれば良い」
「あの、お小姓は他に?」
「はい。同い年の者が一人」
「少し安心致しました。されど、迷惑と思われましたら、すぐにお返し下さいませ」
「心得た。若様に必ずお伝え申し上げる。他に聞いておきたいことはございますか?」
「……家に、帰ってこられましょうか?」
それが心配だった。
小姓と言えば最も近く傍に侍る役目、帰っては来られぬかもと思い、不安だった。
「はい、仕事上何日かに一回になりますが、帰って来られぬということはござらん。それに、貴殿の良武殿は藩命で留守にしておられる。若様もおっしゃられておりましたが、男手が必要でございましょう。良鷹殿の留守中は警護の侍を一人お付けいたします」
こちらの不安がすべて解消された。
良く物がわかっている目付、それに支持を出した政信の器量にも感心した。
この人たちに息子を預けても大丈夫と確信が持てた。
次の日が小太郎の初出仕となった。
真新しい裃に着替え、初音と絢女、下男下女の前に座る彼は、文句のつけようがない若侍だった。
誇らしげに眺めるもの、涙をためて喜ぶもの、さまざまだった。
初音は、急いで作らせたはなむけの品を息子に手渡した。
「これ、貴方に合わせて拵えた大小よ。持って行きなさい」
「……はい、母上」
初めて持つ大小。
子どもの短く軽く、粗末なものとは違い重く存在感を醸し出していた。
扱いに責任をすべて持たねばならない、大人の証にも思えた。
「……頑張るのよ。父上が戻るまでの修行と思いなさい」
「はい。しっかり精進致します」
「……帰れる時は、帰ってきなさいね。待ってるから」
「はい」
「……十八才の態度をしっかりとるように気をつけなさい。十ではないのよ」
「はい」
「それから……」
「母上、もう充分です。明後日の夕刻には戻って来られます。今生の別れではないので、そこまで心配しないで」
一同は笑いに包まれたが、初音はダメ出しを忘れなかった。
「ほら、気が抜けた。しゃべる時は最後まで気を抜かない!」
「はい……」
厳しい顔の母がやっとここで優しくなった。
「さぁ、行きなさい。御迎えが待っていますよ」
ふっと、行きたくなくなったが、皆のまなざしを受け、弱い気持ちを飲み込んだ。
「皆さん、母と姉をよろしくお願いいたします。では、行ってまいります」
挨拶をして、背を向けたとたん、下男下女の激励の言葉が背中に降り注いだ。
「若、がんばってください!」
「小太郎さま、待っております」
「お体に気を付けて!」
暖かい彼らの声が、小太郎を勇気づけた。
彼らの期待にこたえるためにも、修行を終えた頃には一回り大人になって見せる。
やる気に燃えた小太郎は彼らに告げた。
「じゃあ!行ってくる!」